八十九話 別れ
「おい……ま…て……」
声というより音だ。
「何と言った?」
ファニクスの元には届いたが、聞き取れなかったらしく、聞き返した。
「まて…って、言った…んだ……」
ロイは声を最大限張っているつもりだ。
それでも音にしかならない。
「暴走した直後でも意識はあるのか」
ファニクスの驚いた表情もロイには見えない。
開いているか、閉じているかわからないほどの目だ。
「待て、と言ったな。私が待って貴様は何をするつもりだ?」
冷酷に答えた。
目は氷のような冷たさを帯び、言動も突き刺すようだ。
「……ア、リアスを……どう、する……」
その先は聞こえなかった。
ので推測してファニクスは言った。
「貴様には関係ないことだ」
関係あったとしても言ってはいなかっただろう。
それ以上言葉で何か言ってはこなかった。
ただ地面を這って少しでもファニクスへと、アリアスへと近づこうとしている。
「哀れだな」
半ば軽蔑交じりに吐き捨てた。
ここで殺しておいてもいいのだが、ある理由があるためにそれはできない。
自分がそれをするのを許さない。
「頑張るわねぇ~。ファニクスも見習ったら?」
「私はあんな無様な姿を晒すぐらいなら自害する」
「あらら、辛辣~」
アレクサンドラへ向けていた視線を再びロイへと向ける。
どうやら意識がなくなったようでぐったりと突っ伏して動かない。
「死んだんじゃない?」
「いや、生きてる。私だってそうだった」
ファニクスにも経験があった。
随分と昔のことで、ロイを見て久しぶりに思い出した。
「帰る~?」
「ああ、やることは山積みだ」
大きく息を吸い込んで、伊S期のないロイに聞かせるように言った。
「私はエリクフォルトの砦にいる!返して欲しくばそこまで来い!」
まるで悪役みたいだなと鼻で笑う。
「演技ヘタね」
「いつもみたいに語尾を伸ばせ。じゃないと馬鹿にされてるみたいに感じる」
「馬鹿にしてんのよ」
今日は一段とショックなことばかりだな。
「住民が出てきて騒ぎにならないうちに帰るぞ」
「誤魔化したわね」
「……行くぞ」
足早にその場を立ち去った。
ファニクスが去ってまだ間もないころ。
大勢の鎧を纏った男たちが場を取り囲んでいた。
「……という状態です。しかしここで戦闘をするとは考えにくいですね……」
まだ少し幼さが残る兵士が、自分より一回り大きい険しい表情をする中年の兵士に行った。
「そうか。それであの倒れていたロ……少年はどうした?」
「ええ、言われたとおりに医務室に運びましたけど……一体誰なんですか?」
その表情を緩めずに答えた。
「この国を救った影の英雄だ」
小さい兵士は首を傾げ、さらに困った顔をしている。
「さ、調査にもどれ」
「はっ、はい」
とっとっと、と走って地割れのところへと走っていった。
中年の兵士は自分の近くに誰もいないことを確認して、空を仰いで呟いた。
「ロイ……一体何がどうしたんだ……」
幼い顔をした兵士より困り果てた顔で遠くを眺めるばかりであった。




