八十八話 決着
ファニクスが唱えた魔法はあまり有名ではない。
自身が作り出した魔法であるからだ。
魔法というのは、いまだに新しいものが見つかったり、あるいは作られたりする。
それがもともとあるものなのか、それ以前はなく、作り出した人が初めてなのかはわからないままだ。
なので魔法を習う環境や、知識を会得する場に行かない限り、魔法について詳しく知る術はない。
ファニクスは非常に高度な環境があったため、こうして自らの力で魔法を作り出せるのだ。
作り出した魔法の一つであるのが魔女の涙だ。
これは体内魔力の使用量が決まっていない。
ほかの魔法にも言えることなのだが、この魔法は相手の消費魔力に応じて変化するのだ。
つまり相手の魔法の消費量が低い場合、使った側も少なくなるというものだ。
今回はロイが使った魔法はとてつもない消費量だ。
ファニクスのほうもとてつもない消費量になる。
「がっ……!」
咄嗟にせき込んだ口に手を当てる。
掌には鮮やかな血がついていた。
「さすがにちょっと無理だったか……」
乾いた笑いをする。
炎は滴を飲み込んだ。
なんの抵抗もない。
無駄のようにも思える。
しかし消費量に見合った効果は当然得られる。
証拠に炎は飲み込んだ後、一切動かなくなっていた。
ファニクスとの距離一メートルあるかないかだ。
「残念だったな。そっちの魔法は終わりだ」
宣言にも近い言い方だ。
「そ~ね。さすがにあの魔法使っちゃえば止めれるけど、身体だいじょ~ぶ?」
アレクサンドラは笑いながらも心配しているようではある。
「ああ、大丈夫だ」
手についた血を払う。
さすがに炎を消すまではいかなかったか、と改めてこの魔法の強さを体感した。
「水波」
炎を覆える、かつ最小限の消費量で唱えた。
きっちり漏らすことなく炎に水をかけると、蒸発して白い煙が上がる。
辺りは炎も水もなくなり、地割れの跡だけとなった。
「はぁ、さすがに疲れた」
ファニクスが使った魔法は相手の魔法の効果を消すものだ。
触れた時点で攻撃の威力もなくなるはずだった。
しかしあの魔法にもなるとさすがにすべてを消すことはできなかったようだ。
地割れの向こう、ロイは倒れていた。
「終わったみたいね~」
「ああ」
さっ、とレイピアを鞘へと戻した。
「おい、アレクサンドラの妹。今日のところは見逃しておいてやる」
クロエは返事どころか姿すら現さなかった。
「さて」
と言って、ファニクスはアリアスの元へと寄った。
そしてゆっくりと抱きかかえる。
「なんでそれ持って帰るの~?」
不思議そうな目をして言う。
それとはこの女――アリアス・アルストロメリアのことだ。
「まだアレクサンドラには言っていなかったな。帰ってからゆっくり話す」
えらく重々しい言い方で言った。
「あんた話長いからできれば短く済ましてほしいわ~」
「なっ、そんなことを思っていたのか。心外だ……」
わりとショックだ。
楽しそうに話を聞いていると思ったが、あれは演技だったのか。
十三史院に入ろうとしている者として、人の心を見通せなければいけない。
まあこの場合人ではないのでカウントすべきかどうかは疑問ではあるが。
「もうここですべきことは済んだな」
一応アレクサンドラに確認しておく。
「そうねぇ……。ここって私に似合わずジミィ~だから特にはないわね」
「もしここの住人に聞かれていたら大目玉食らうぞ」
こういうときにアレクサンドラみたいな精は便利だなと思う。
仕事柄故に好き勝手なことは言えない。
もし誰かに聞かれていたら上には上がれなくなる。
時々アレクサンドラが羨ましくなる理由の一つでもある。
はあ、とため息一つして、言った。
「帰るか」
「そうね」
ファニクスはルーツィエ国の外へと通ずる門へと歩き出した。




