八十七話 対抗手段
魔法に基本ランク分けなどはない。
それは一つ一つが確立し、独立したものであるからだ。
威力、効果などは様々で一概にはまとめきれない現状もある。
しかし、どの属性にもいくつか桁違いに威力や効果が発揮されるものも存在する。
その中に無に帰する地獄の業火が入っている。
まず魔力消費がとんでもない。
体内魔力が少ない者であれば、これを一回使うだけですべて使い切ってしまうほどだ。
ロイの今の状態は無限に魔力が湧き出てくる状態なので、いってしまえばあと何回でも使える。
暴走とはそういうことだ。
「確かに魔力を使えとは言ったが……」
対処できる範囲で小出しにしてほしいものだ。
一気に来られてはこちらも魔法を使わざるを得ない。
周りの温度が徐々に上がっていく。
ここ一帯を焼け野原にするつもりらしい。
そんなことはせせないと対抗するため、ファニクスは唱えた。
「凍える濃霧、水波、弾圧する津波」
ファニクスを中心として円形に冷たい濃霧が漂う。
そしていつでも炎を消せるよう辺りを水の塊、それも人より遥かに大きいものを作り出した。
さらに地面が薄い水の膜で覆われた。
不測の事態に備え、水波以外にも展開しておいたほうがいいと判断したからだ。
はたしてこれだけで抑えられるだろうか。
炎の苦手属性である水属性、それも三つも使ったのだ。
ちょっとは弱まってもらわないと困る。
願いが届いたのか、温度は変わらない、これ以上温度は上がらなくなった。
代わりに地響きが起こる。
危機をいち早く察知して、ロイと距離をとる。
「お前の妹、似てるな」
ふと言葉を漏らす。
変なところで大胆に、でも意外と繊細な性格の性格の持ち主。
「でしょ~?ふふ、私の一番の自慢ね」
自分の胸をとんっと叩いて言った。
地響きは収まることを知らない。
ロイの足元から徐々に割れた地面が、ファニクスの足元まで来た。
人が簡単に落ちてしまうような大きく地面が割れている。
その割れ目から湯気が出ている。
次の瞬間、火山の噴火を彷彿とさせる勢いで炎があふれ出した。
「はぁ、熱いな」
「ほら、クロエちゃん炎属性じゃない?さすがって感じね~」
自慢の妹の話をするのはいいが、ファニクスとしては悠長に聞いている暇はない。
さらに距離をとって、出方を伺う。
「姉は水属性か。向こうが嫌うわけだな」
「こっちは好きなのにねぇ~。愛情の裏返しかしら?」
ふふっ、と悪魔的笑みを浮かべる。
「どうせ嫌われるようなことでもしたんだろ」
決めつけるように言った。
「失礼ね~。強ち間違ってはないけど」
「それみたことか」
と言っている間に、火花が散り、マグマがどろどろと流れ出してくる。
ファニクスはさっと手をそこへと向ける。
するとファニクスの近くを漂っていた水の塊が、一斉に飛んでいく。
本格的な攻撃が始まる前に終わらせてしまおうという作戦だ。
「収まってくれよ……!」
珍しくファニクスの言葉に熱がこもる。
しかしそれだけでは収まる気配はない。
そこであらかじめ唱えておいたもう一つも使う。
かざしている手とは逆の手を掲げる。
地面を張っていた水が荒波を立て始める。
それは次第に大きくなり、やがて一つ巨大な津波へと変化した。
上がっている炎すら飲み込んでしまえる大きさの津波が襲いかかった。
「さあ、どうだ」
白い煙が上がる。
湯気とは違い、はっきりと見える。
大分攻撃の威力は減らせたはずだ。
地響きが止む。
真の攻撃の始まりの合図でもあった。
水によって固まりかけていたマグマを砕き、炎が上がった。
それらは束にはならず、津波に対抗するように横へと広がり、ファニクスへと進む。
直接見るのには眩しすぎる。
ファニクスは思わず手で遮るしぐさを見せた。
さすがは強大な魔法だ。
一般的な魔法では手も足も出ないらしい。
「どうするのファニクス~?」
炎の津波はもうそこまで迫ってきている。
返事している暇はない。
「魔女の涙」
ファニクスの前方に、人ひとり程度の大きさである滴が現れた。




