八十五話 暴走
「ロイ!」
アリアスの叫びもロイのは届かない。
腹部をレイピアが貫通して意識が朦朧としている中、最後の一撃として魔法を叩き込んだのだ。
それも超至近距離の相手に。
今アリアスの目には炎で巻き上がった煙と、それによってできた風しか感じられない。
二人がどうなったかもわからない。
「ロイ……?」
ただ名前を呼ぶことしかできず、それも意味を成さないことなどわかりきっている。
それでももしかしたら反応してくれるかもしれないと呼んでみたのだ。
当然返事はない。
魔遺物でも使えたらクロエに聞くこともできたが、使えるわけもなく、その場に一人だけだ。
やがて煙が止む。
そこには変わらず二人が佇んでいた。
最初は無事かと、回らぬ頭がそう錯覚させた。
だがファニクスがレイピアを抜いたとき、ロイは崩れ落ちたのを見て理解した。
ロイは成す術なく敗北したのだ。
ファニクスはアリアスにも聞こえるおおきな声で二人に尋ねた。
「最後に二つ聞いておこう。まず一つ目だ。ラーシャ様はどこにいる?」
ファニクス自身は普通に聞いたつもりだった。
アリアスは答えるほど口に力が入らなかった。
ロイ同様膝から崩れ落ちて、目は虚ろとしていた。
「さ、あ……な。自分で、さが……せ……」
ロイが途切れ途切れに言った。
声は掠れ近くにいないと聞き取れないほどだ。
「ふん。まあいい。次だ。きさ……」
「ロイ!」
ファニクスが言い切る前にアリアスが叫んだ。
「な、んだ……大声じゃなくても、きこえ…てるぞ……」
「うるさいっ!死んだとおもったじゃないっ」
目は潤んで今にも泣きだしそうだ。
「あたり、まえだ。アリアス……簡単には、死なねぇよ……」
笑っては見せるが、実際かなり危機的状況だ。
「では次だ。貴様の名前を聞いておこう」
崩れ落ちたロイを見下ろすように問う。
「俺は……ロイ・ヴィンフリートだ……その耳に刻んどけ、くそが……」
ファニクスは驚愕していた。
「貴様が、か。……そっちは」
息を荒立て、今度はアリアスに問うた。
「私は、アリアス」
「全部だ」
一刻も早く聞きたいようで急かす。
「アルストロメリア」
信じられないといった表情で首を振った。
ロイとアリアスはなぜそうしたのかわからなかった。
「おれは殺した相手の名前はすべて覚えている。それが殺した者が殺された者に対する礼儀だからだ。殺した者が覚えている限り、殺された者を覚えている者が一人はいることになる。そして殺した者が死んだとき、初めて殺された者を忘れることができる」
「へぇ…律儀なこった……」
立派な思想を掲げてはいるが、ロイの耳にはすべて入ったわけではない。
ただ言いたいことはわかった。
ファニクスは小さい声、アリアスはおろかロイすら聞こえるかどうかの声で言った。
「お前は……だから……かして……やる」
「え……今、なんて……」
聞き返すが返事はない。
ファニクスはレイピアを納め、アリアスにの元へと歩みを進める。
「おい、まて……」
手を伸ばす。
が、同時に意識が途絶え地面に倒れた。
「ロイ……」
もはや大きい声すら出す力はなくなっていた。
「俺と来い」
アリアスを見下ろして、命令した。
「……いやよ」
「そうか。急襲する眠り」
ふらっと倒れ、すやすやと眠りに入る。
眠っているアリアスを担ごうとしたとき、後ろに何か不穏な動きを感じた。
ぱっと振り向くと、そこには倒れていたはずのロイが立ち上がっていた。
顔は俯いていて表情までは読み取れない。
「おい、貴様さっきまで……」
言い切る前にファニクスへと突進する。
「どいつもこいつも……」
アリアスを後回しにしてロイと戦うため、レイピアを抜いた。
ロイは跳躍、上からファニクスへ襲い掛かる。
それまでにおかしいことは山ほどある。
ファニクスはそれがなんであるかわかっていた。
まず、腹部に空いた穴から全く血が流れ出していない。
そしてこの跳躍だ。
死んでもおかしくないほどの傷を負っていて、立ち上がるだけでなく、人間ができる範囲を大きく越して跳躍している。
この状態はファニクス自身もよく知っている。
「ファニクス~、これって」
「ああ、暴走だ」
はあ、とため息を漏らして、対策を練る。




