七十六話 常識の檻
姿を消した後、ロイはロベルティーネまで最短距離で走った。
魔力が少なく、しかも魔法の扱いが上手くないため、長時間連続で使うものは苦手中の苦手だ。
だから真っ直ぐに走って、跳躍。
ロベルティーネが魔法をかき消したと同時に、その魔法の効果も切れた。
だがそんなことはもうどうでもいい。
気づかれる前に跳躍、声を上げた。
「ここだ!」
こちらを向いた時にはもう遅い。
銃口から放たれた三発の弾丸は全てロベルティーネを捉えていた。
ただそれだけでは傷つけられないのはわかっている。
煙が収まらないうちにソードブレイカーの刃で追撃をする。
確かに当たったという感覚はあった。
しかしそれは鋭利なもので切り込んだ感覚ではなく、鈍器で殴ったに近かった。
煙が晴れ、全貌が見えた。
弾丸は届く前に消されていて、刃は肌に食い込むことなくそこに留まっていた。
「私に触れる者はいつ以来でしょうか?」
「知るかよ!自分に聞け!」
「そうですね。貴方たちを片付けた後にでも」
こいつの前ではどんな鋭いものだろうとおもちゃだ。
「麻痺した限界」
魔法をかけられた先はロイだった。
ソードブレイカーを握っている手に、自然と力が入る。
いや、正確には筋肉のセーブが外れたような感覚だ。
ロイの筋力はそこまでない。
しかし今は自分が持てるより強力な力が出せる。
「ほら、あんたが言ってたサポートってやつよ。身体の負担大きいから方付けて!」
「任せろ!」
さらに力を込める。
どれだけ込めようが限界などありはしない。
さすがに危機を感じたのか、ロベルティーネの顔は曇る。
何かの唱えようとした。
「させるかよ!」
右手に持っている銃を向け、放つ。
浮かび上がる魔法陣が当たるかという至近距離だ。
かなりの量の魔力を注いだ渾身の一発。
有無を言わさずに命中。
またしても煙が巻き起こる。
それと同時に刃が当たっていた感覚が消えた。
「ふふふ、面白いですね」
距離は遠く離れていた。
一瞬だ。
当たったように見せかけ、煙に紛れ、移動したのだろう。
その位置で悠々と唱えた。
「無秩序賛歌」
妙な雰囲気だ。
どうとは言えないが、何か心に引っかかる。
「何も変わった様子はないぜ?」
カマをかけてみる。
「ふふ、狂ったように踊りましょう」
「わけがわかんねぇ」
「それはが正解なのです」
「もっと具体的に言え!」
ロベルティーネは、こいつ本当に理解力ねぇな、的な表情で、わからせるように言った。
「当たり前、とはなんです?」
「ん?……常識とかか?」
「では常識とは?」
「考えたことねぇ」
落第ギリギリだった俺に考えさせるなよ。
「ではこれは常識ですか?」
そう言うと、ロベルティーネの身体は宙を舞い始めた。
しかしロイはそう驚かない。
「常識と言われればあれだけど、精なんだからできるだろ」
「ではあれは?」
リーナを指した。
そこにはロベルティーネと同じように宙にリーナがいた。
「常識なわけないだろ……だって……」
「だって?」
「人間だから」
「そう、それが常識」
ロベルティーネは笑っている。
上品に、嫌みなく、純粋に楽しんでいるようだ。
「この魔法はそういう常識を全て無にする魔法。常識に囚われた人間では勝ち目はないですよ」
わけがわかんなさすぎてもう笑うしかない。
「ははは……化け物かよ……」
「その化け物、という定義は?」
ソードブレイカーをぐいっと、握りしめていった。
「俺は定義って言葉が嫌いなんだよ!」
少し涙目になっていたが、アリアスのは気づかれてはいないようだった。




