七十三話 具現
それはアリアスだ。
自分の理解の範疇を超えるなにかを見たみたいだ。
「な、なにあれ……?」
指をさす手さえ震えている。
先にはロベルティーネがアリアスを見ている。
「私が見えるのですね。まあ、当然ですが」
「具現だからね。みえないとおかしいよ」
あれとは具現のことなのだろうか。
「そうよ。さすがあたしね。予想的中」
「あれしか言ってないから当たったかわかんねぇよ。だいたいあれはなんだ?」
「具現って言ってね、誰でも見えるようになるの」
「へぇ俺でもできるのか?」
もちろんと首を縦に振るクロエ。
しかしそれになんのメリットがあるのだろう。
「見えるってことは触れる」
「え?」
「つまりあの状態になると物を持ち上げたりも触れたり魔法を使えたりするの」
「うっそ、マジかよ!」
しかしクロエの顔は浮かなかった。
「それをするには……あることをしないといけないの。あたしはそれをさせたくはない。だから言わなかった」
今も迷っているようだ。
あることを知りたいが、ここはクロエを困らせるべきではない。
「まあなくても勝てるしな」
「え?」
「あんなのいらねぇよ。だって言ったろ?クロエの力を引き出せば強くなれるって」
「引き出し方もわかんないくせに」
そう言って笑った。
自分は主だ。
主は眷属を最大限に引き出す義務がある。
少なくともロイはそう考えていた。
「ホント、あんたにそんなこと言われるなんてね」
「たまにはいいこと言うからな」
「自分で言うあたりが原点ポイント」
「採点厳しいです……」
まあ冗談はこれぐらいにして。
「で、あれ強い?」
「言うまでもなく」
「物理は効く?」
「ないんじゃない?まあ、魔法もあまりないと思うけど」
最強じゃんそれ……
無敵要塞に穴はあるだろうか。
「魔遺物でも狙ったら?」
「そうだな。じゃあ目標はあれで」
ソードブレイカーを構える。
気休めにしかならないが、ないよりはましだ。
「さて、やるか」
「じゃあいこっか」
奇妙な二対二だ。
先に動いたのはロベルティーネだった。
手を前へと突き出し、唱えた。
「精神錯乱歌」
また間接攻撃だ。
アリアスには効かない、しかしロイはもろにくらう。
辺りの風景が歪む。
二重、三重にも見える。
症状は体内魔力がわずかになったときに似ている。
意識が飛びそうで、朦朧と、立っているだけで限界。
「あ~もう自分のことぐらい自分で守りなさいよ。外攻遮断」
ロイを優しい光のようなものが包む。
身体がふわりと軽くなり、容易に立てる。
照応は消え、ほぼ全快だ。
「ありがとよ。助かったぜ」
「ん、まあいいけど。あれはどうしたらいいの?」
「あの剣をぶっ壊す」
「もうあんたが何言おうが驚かないわ」
それほどに精のインパクトが強かったのだろう。
「帰ったらあんたの精についても聞くからね」
「お、おう」
「誰が無事に帰すものですか。土には還しますけどね」
「いちいち怖ぇよ」
今度仕掛けたのはアリアスだ。
魔法で魔遺物を壊せるか試すつもりなのだ。
「千雷槍」
グレゴール戦で使った魔法だ。
あのときは土魔法で無効化された。
ロベルティーネは微動だにしない。
無数の雷が襲う。
「所詮人間の魔法などこんなものですね……」
期待を裏切られたかのように呟いたが、誰の耳にも届かなかった。




