七十二話 無効魔法
それは見間違いかというほどに一瞬で消えた。
アリアスはゆっくりと立ち上がった。
顔は平然としていて、先ほどまでの辛そうな表情はなかった。
「おねえちゃんなにしたの?」
「これはね、あんたの魔法を無効にできるのよ」
うわー大人げない、とも言ってられない状況ではある。
これを使うところを見るのは久しぶりだ。
相当本気であることが窺える。
今までのは本気ではなかったわけではないが、誰しもが持つ体内魔力の残りを考えて戦わなければならないため、最初から全力で戦うことは少ない。
今使った魔法は、消費が大きい。
つまりそれだけ体内魔力が減ったわけだ。
本来ならこれほどの魔法は最終手段として取っておくのだが、アリアスの無尽蔵ともいえる体内魔力のおかげで全く影響のないような澄ました顔ができる。
アリアスの長所はそれだけでなく、幾つもの属性の魔法を使える。
普通なら二、三属性使えるだけでも十分に凄いことなのだが、それをも遥かに凌駕する。
主席なるべくしてなった者だ。
それでも苦手な属性があるようで、それが音属性というわけだ。
「残念ながらこれは私にしかかけられないけどいいわよね?」
ああ、と返事をして、リーナを、見る。
子供だろうが魔遺物を持てば常人を圧倒できる力を持てる。
しかし疑問なのはロザリンドになぜ子供が味方をしているのか。
これだけ強ければ前線にも立たせたくなるのはわかるが、血を見ても平気とはなにか引っかかる。
「おにいちゃんどうしたの?こわいかおして」
「聞きたいのはこっちだ。子供が全線に出ていいものじゃないだろう」
「おにいちゃんはおとななの?」
ロイは答えあぐねた。
自分が大人かどうかなど考えもしなかったからだ。
だから咄嗟に回答できなかった。
「おとなだからとかこどもだからなんてかんけいないよ。おにいちゃんのいうおとなはわたしにはおとならしいことしてくれなかったよ?」
戦場でこれほどの剣を振り回している時点でわかることだ。
「でもね。これをしたらみんなやさしくしてくれるんだ。だからずっとやってるの」
これがロザリンドのやり方か。
ひどい、がそれを苦ともしない。
リーナは笑っている。
心の底からか、偽りかはわからない。
ただロイは偽りであってほしいと思うしかなかった。
「さて、お話しはそれぐらいにしてそろそろ始めましょう」
ロベルティーネはリーナに促した。
「うん!」
リーナは剣を構えた。
「どうしても戦うってか。存在意義を示すように」
「う~ん、よくわかんないけど、おにいちゃんたちを倒せばまた褒めてもらえるから」
これで傷つけずに帰したとしてもまた誰かを殺すだろう。
させたくない、だが本人がしたいと言っている以上こちらはなにもできない。
自分が無力に感じる。
「しゅーちゅーしないとしんじゃうよ?」
目の前にはリーナがいた。
そうだ、今は戦いの最中なんだ。
悩むのはあとでいい。
ソードブレイカーでは受け止めきれないと判断して、詠唱した。
「焔壁!」
炎で視界を遮る。
僅かだが時間を稼ぐことができる。
その間にバックステップで後ろに下がる。
今回は倒すことが勝ちではない。
この戦いが終わるまで傷つけないことが勝ちだ。
「それだけ?」
壁を一振りで斬った。
炎と炎の間から現れたのはリーナの笑顔だった。
楽しんでいるように、踊るように狩りを続ける。
「こっちもまほうで……」
「魔法氷結」
リーナが唱えるより先にアリアスが唱えた。
「そうはさせないわよ」
「へぇこざかしーまほうつかうんだね」
「こ、こざかっ……!あったまきた」
アリアス怖ぇ……てか全員怖ぇ……うん、俺しかまともな奴いないなっ!
リーナはそのまま距離を詰めてくるかと思ったが、一旦離れた。
こられる方がよかった。
それなら対処方法がある。
退かれるとなにかあると探ってしまう。
「まほうつかえなくなっちゃったね」
「そうね。それじゃあれでもしよっか?」
「そーだね」
あれとは一体なんだろうかと思ったとき、クロエの声が聞こえてきた。
「あれってまさかあれを使う気……?」
「精の界隈では通じるかもしれないけど代名詞だけで話されるとこっちは全然わかないんだよな」
「あれっていうのは……」
全部言い切る前にリーナは言った。
「具現」
ロイには変わった気はしなかったが、一人だけわなわなとし気づいた者がいた。




