七十話 天秤を傾ける者
両軍の兵は敵に向かって一心不乱に突撃する。
兵は武器として槍を持って、濁った銀色のような鎧に兜をつけている。
魔法を使える兵は、鎧を着ず軽装備で、杖を装備している。
もちろんこれらはただの木の棒ではない。
木はこの世で最も堅いハルトの木から作られたもので、先には魔法を込められた丸く削られた石が取り付けられている。
それによって消費する魔力を抑えることができる。
色はその持ち主の得意属性と同じだ。
もともとは透明なのだ。
持ち主に反応することで、色がつく。
抑えられるのは得意魔法だけで、それ以外の魔法は通常だが、重宝するのに変わりはない。
戦場では早くも様々な色の魔法が空を覆うかの勢いで飛んでいる。
これが人を大量に殺すためのものであればどれほど綺麗に見えるだろう。
しかし現実は非情なもので、既に大量の血が流れている。
ロイは他の兵と同じく走って敵に向かうことはなかった。
「二回目だけど……すげぇな」
など他人事のように呑気に言った。
隣にいるアリアスはそれに答えた。
「もう経験したから余裕って感じ?」
なに言ってんだ、と言わんばかりだった。
「そうじゃないけど、そろそろ行くか」
「あ、話題変えようとするな」
すみませんと頭を下げたが、言っていることは間違っていないような気もする。
「行くわよ!」
「えっ、あ、はい」
鍋奉行的な線上奉行で、仕切りたかったのかなとロイは思うだけにして、心に留めておいた。
もう戦いは乱戦状態。
多くの者は鬼の形相に血が降りかかり、上がる声は人間離れして、その場は地獄と化していた。
倒れている者など関係なく戦いは続いている。
目を背けたくなる惨状だ。
それでもロイは真っすぐに見ている。
こんなことで逃げていてはだめだと。
せめてアリアスの前だけでも気丈にいたい。
矜持ではないけれど、それぐらいはしたい。
(頼むぜ、クロエ)
返事がなく、焦ったが間をあけて返ってきた。
「はいはい」
(照準もな)
「ああそれなんだけど一回もあたしやったことないから」
(へ?)
言葉に出そうになったが、それをどうにか飲み込んだ。
(どういうことだ?)
「あれはね、あんたの目がすこーぷになるから別にあたしはなんにもしてないの」
「はっ!」
「は、は……?」
アリアスに拾われてしまった。
危ない……!驚きすぎて声が思わず漏れてしまった。
「いやぁ、気合いをね?」
「そ、そう」
誤魔化してクロエとの話を続ける。
(それ本当か!?)
「あたしが嘘ついたことある?」
(この件だよ!)
特に悪びれた様子もなく、飄々としている。
「そうでもしないとあんたできない~とか喚くでしょ」
できない~のところをマネしているんだろうが、馬鹿にしているようで腹立つ。
しかし言っていることはそれほど外れてもないような気がする。
「っていうわけでさっさと行くわよ」
なぜ俺の周りはグイグイ引っ張っていく系が多いのだろう。
戦場を見る。
嫌にこちらが押されているようだった。
戦力差はそれほどないと聞いていたが、あれを見ると釣り合っているとは言えない。
情報がどこかで間違ったかという考えが過ったが、目の前で起こっていることは情報など関係なさそうだった。
たった一人、それ男ではなく、アリアスより小さいくらいの少女だった。
金色の髪を後ろで結ってあり、笑顔である。
それだけ見れば微笑ましいのだが、問題は右手に握っているものだ。
少女の二倍近くある剣。
それを踊るかのように振り回している。
ロイですら持ち上げるだけで一苦労しそうな鉄の塊を軽々しく、旗でも振るっているみたいだ。
剣身は少女がすっかり見えなくなるほどある。
剣の型などまったくもってありはしないのに、ルーツィエ兵を何人何十人と地面に沈めていく。
あっという間に周りを一掃してしまった。
するとなにかに気が付いたのか、こちらを見た。
「あれぇ~?るーつぃえのよろいでもろざりんどのよろいでもないひとがいる~。おにいさんたちは?」
血しぶきがかかった顔はいまだに笑顔が保たれている。
この戦場を楽しんでいるようにしか見えない。
ロ位はその悍ましい光景の中、口を開いた。
「俺らは一応ルーツィエ側だ」
「そう、ならころしてもいいよね?」
にいっと口を大きく曲げて笑った瞬間、少女が消えた。
「ロイ後ろ!」
ロイが振り向いたとき、少女はすでにその剣を振りかぶっていた。
地面と平行になるように水平に斬撃を入れようとしたのだ。
「土壁!」
アリアスが間一髪ロイと少女の間に壁を作った。
構うことなく、振り切った。
即席で作ったとはいえ頑丈なはずだ。
それをたった一撃で粉砕した。
壁がなければロイは今頃真っ二つもいいところだ。
しかしアリアスは魔法に関しては実に多彩だ。
危険を感じ二人は距離をとった。
「ふ~ん、おにいちゃんたちはふつ~のひととはちがうんだね」
「それはこっちのセリフだ。君はなんなんだ」
少女はただにこにこ笑っている。
「あの剣、魔遺物よ」
クロエが可視状態で現れ、いつもとは違う険しい顔で言った。
(へぇ、そうなのか)
「ずいぶんと余裕そうね。勝算でも?」
(ない!)
声には出していないのでアリアスには聞こえていない。
きっと臨戦態勢にでも入ったと思っているだろう。
「おにいちゃんもつかえるんだ!」
魔遺物が使える者は自分の持っているもの以外の精も見ることができる。
クロエが言っていたのは事実だったらしい。
「使える?なに言っているの?」
「おねえちゃんにはみえないんだね」
アリアスは不思議そうに首をかしげる。
「あれなに言っているの?」
「さ、さぁ……?」
とりあえず誤魔化す、これがロイの人生で培ってきた最高の手段だ。
「じゃあこっちもだすよ~。でておいで、ろべるてぃーね」
「はぁ~い」
大人びた声と共に現れたのは、緑のショートヘアに、足元まで隠れるスカートの女性だった。
「貴方達がリーナをいじめたんですの?」
笑顔ながらにもどこか威圧的で、背筋が凍るようだ。
それにしてもこいつらの笑顔が怖い。




