六十三話 覚悟の葛藤
普段出す声色とは少し違っていた。
重々しく、言葉を選んで話そうと思っているので少々の間が空く。
「それじゃあまだ決まってないようね」
ぐぬぬ、ロイは下唇を噛む。
覚悟なんて立派なものを持ち合わせているわけがない。
なんとなくで生きてきたから突然に突き付けられても応答に困る。
「考えたこともなかったな」
「あんたはなんで帝国に恨みなんてああるの?」
そうだなぁ、と思い出す。
結構長くなるぜと前置きして話す。
「実はディオーレに来る前は帝国にいたんだ」
「そこでいじめられたのね」
「国民性から国自体を嫌いにはならないよ!?」
それじゃただの逆恨みだよ。
「で、他にあるの?」
「帝国に住む前はここに住んでたんだ」
こことはルーツィエ国だ。
まだ物心ついて間もないころ。
「そんで親父と二人で暮らしててな。母親は……知らね。俺も子供ながらに親父に聞くにはちょっとあれだと悟ってたよ」
「ここまで聞く分には底辺家族ね」
「やめろ。俺傷ついた」
傷口を作ってえぐるとかえぐいな。
「で、帝国はいつでてくるわけ?」
「いちいちとめるからだろ。まあ、帝国出るところまで端折るとその親父が」
「帝国に殺されたのね」
「その部分を言う!?」
せめて俺が言うだろ。
わりと真剣な話だぜ。
「要は帝国との戦争に出て、それでって話よね」
「詳しくは知らないんだ。ここまで情報が回ってこなかったからな。でも帝国が関係してるってのは後々聞いた」
「で、今でも帝国を恨んでいるのね」
「ああ。そうだ」
クロエは間を空けて言った。
「でも戦いとして出たんなら志願兵だったかもしれないわよ?」
「それは……否定はできない。でもそのなんていうか……」
「あれでしょ?やり場のない気持ちをぶつける場所が欲しかった。そこにちょうど帝国があっただけ」
そうじゃないと言えない。
そうだとも言えない。
そうじゃないと言いたい?
そうだと言いたい?
自分の気持ちがわからない。
答えが見つからない。
言葉を紡げない。
ただ真っ暗の中寝そべって上を見上げているだけ。
「まあ、いいんじゃない。人が出した答えなんてその人以外が否定していいものじゃない。だから思った通りにすればいいわ」
「珍しく優しいな」
「あたしはいつもどおりよ?」
確かにクロエはこういう話になると真面目に答えてくれる。
いいパートナーだと心から思う。
「それも重要だけど、今はロザリンドの兵を殺す覚悟があるかってことでしょ?」
「考えることだらけだな」
ふう、とため息をつく。
「覚悟じゃなくて自分の考えを言えばいいのよ。あたしは王でも兵でもないあんたの隣にいる存在だから対等に聞けるわよ」
「じゃあ、言うけど、なるべく殺したくはないよなぁ」
叶わぬ願いに近い。
戦場に出れば甘いことなど言ってられない。
「誰でもそうよ。あのグレゴールだって。心のどこかではそう思ってる。人間なんてそんなもんよ」
クロエは撫でるように言った。
「でも割り切ってる。敵だって、やらないとこっちがやられるって」
「あんたもやらなきゃやられるわよ」
「そうだよなぁ……」
八方塞がりという感じだ。
「でもあんたは人を殺してるのよ?」
「……帝国兵だ」
「それは割り切れるのね。だったら敵だって範囲を大きくして割り切っちゃえばいいでしょ」
「そう……かなぁ」
考えれば考えるほど深い沼に落ちていくようだ。
こうしていてもいい考えが浮かばない。
「ちょっ観点変えてあげよっか?」
「お願いします」
「このまま行けばアリアスも同じくあんたが入っている沼にはまるわよ?」
「えっ?」
どういうことだと頭を捻る。
「アリアスだって行くんなら人殺しね」
「そ、それは……!?」
「どう?少しは考えが変わった?」
もうロイにクロエの声は届いていない。
アリアスがなってしまうのは嫌だと自分の中の自分が言う。
ではどうすればいいのかと問う。
心では葛藤が続く。
「もしも~し?」
ロイは全く南濃を示さない。
クロエは退屈した。
まあ、それもいいか、と思う。
待って、待って、それで出たロイの答えを聞こう。




