五十七話 対グレゴール戦
グレゴールは体格を感じさせないほどの身のこなしでロイのナイフを躱した。
それも追い風という悪条件の中でだ。
「殺す気で来ないと終わってしまうぞ」
「俺は殺す気なくてもいいんでね!」
にやりと笑う。
ロイはそのまま風を利用してグレゴールが元いた場所へと移動する。
「千雷槍」
態勢がいいとは言えないグレゴールを無数の雷撃が襲う。
「土壁」
グレゴールはそう唱えた。
目の前に土が足元から盛り上がって壁ながらにもグレゴールを包むかのように形造った。
それに雷は吸収された。
雷の苦手属性である土属性。
それで攻撃を無効化した。
それと同時にグレゴールとロイの姿が見えなくなる。
これでは作戦通りにできない。
そう判断したアリアスは走って土の壁を遠回りして向こう側へ行こうとする。
丁度壁の横に立った時だ。
もの凄い音がした。
音のした方を見ると土煙が舞っている。
土の壁には大きな穴が開いている。
まさかと思って逆方向を見る。
そこにはボロボロになったロイが奥の壁にもたれかかるように座りこんでいた。
頭からは血が流れている。
「すまん。つい本気で振るってしまった」
ロイが飛ばされてできたであろう穴をくぐってグレゴールは出てきた。
「まずは一人か。しかし女子を倒すのは気が引ける」
「あれは一人には入らないわよ。せいぜい半分ね」
「そうか。では一を稼がせてもらおう」
左に壁、前にグレゴール。
圧倒的に不利な状況だ。
アリアスは次の手を打った。
「幻覚霜」
辺りを立ち込める甘い匂い。
「ほう。これはまた興味深い魔法を使う」
「そんな事言ってると勉強になる前に負けるわよ」
それもそうだと頷いてグレゴールは目を閉じた。
この魔法はかかった者にしか見えない。
名の通り幻覚を見せる。
内容は使用者が決められるが、本人には見えない。
アリアスが見せたのは何人もの自分だ。
もちろん本体は見えないようにしている。
つまりグレゴールが見ている全てのアリアスは幻覚であり、攻撃を与えても無駄となる。
グレゴールはそれを理解している。
それにこの幻覚はグレゴールに攻撃を与えられない事も理解している。
だから目を閉じたのだ。
そしてこう唱えた。
「赤熱する剣」
グレゴールが持っている剣が熱を帯びる。
熱だけではない。
エネルギーのようなものも帯びているようだ。
それをグレゴールは振り下ろした。
近くには誰もいない。
が、剣から放たれたそれはグレゴールが見えているアリアスの幻覚を消し去った。
周りからしてみればとんちんかんな場所へ放っただけだ。
構わず今度は水平に斬る。
波のように飛んでいくそれはいくつもの幻覚を消去していく。
「霜なんてものは熱で簡単に消す事ができる」
「何それ?イヤミ?」
「ふっ、余裕ってやつかもな」
「まあ、それもお終いね」
グレゴールは首をかしげた。
アリアスの言っている意味がわからなかった。
ここまで圧倒ではないがかなり有利に戦っていると自負できるほどの内容だからだ。
「私が言った半分の意味が違うかったわね」
気付いた時には少し遅かった。
グレゴールはさきほど自分が放ったそれに近い何かに当たって吹っ飛んでいた。
「ロイはそんなにヤワじゃないわ」
「お、おう。そうだぞ。イテテテ」
よっこらしょと立ち上がる。
使ったのは銃だ。
「本当に貫通しないもんだな」
「そうやってやったんだから感謝してよね」
「そうしなかったらクロエのご主人殺人者だぞ!?」
話している間にもう一人立ち上がった。
「いい攻撃だ」
「あんたより強い奴にアレ一人で戦ったんだ。これぐらい当たり前にしないとな」
「ふむ。それにその武器。全部後で聞かせてもらおう」
「そっちが勝ったらな」
二人は剣と銃を構え、再び向かいあった。




