五十三話 ルーツィエ城内
隠れ家を出てすぐのところ。
朝日が弱いながらにも照り付ける。
道を沿うように吹く風がより一層寒さを際立てる。
「ロイ、これからどうやって行く?」
「……」
アリアスはロイを見ている。
されど重いは開かれない。
まさか何も考えていないなんて言えないからだ。
完全にノリで出てしまって、今では後悔するほど。
クラインに力添えの一つでも頼んでおけばよかった。
「と、とりあえずあれに乗るか……」
やっと口を開いたかと思えば、声が震えている。
ロイはあれ、つまり翼龍が嫌いなのだ。
それでも行くにはやはりそれを使うしかない。
泣く泣く口にしたわけだ。
「でも簡単に乗せてもらえる?」
「頼んだらいけるだろ」
あの例の場所に行く。
レノーレと戦った原っぱだ。
そこにいると願おう。
「あ、あれじゃない?」
「おお、そうだ。相変わらず憎いな」
願いが通じたのかそこには一匹の翼龍と数人の男がいた。
「お~い」
「ん?なんだお前らぁ?」
「それに乗せてほしいなぁ、なんて」
「ああん。金払うってんならいいぜ」
ここで払ってもいいがそれでは向こうに着いた時の分がなくなってしまう。
だめもとで言ってみるか。
「クラインにつけといてくれ」
「ああ?あのクラインか!じゃあ、まあいいか」
「ホントか!?」
「本当だ。ただ、あんまりその名は出さない方がいいぞ?」
意味はわからなかったが一応頷きはしておいた。
「どこまで行くんだ?」
「ルーツィエまで……」
「ん?テンション低いな」
「ロイは空嫌いだからねぇ」
この男は前に乗せてもらった人とはまた別の人だからロイが恐怖を抱いているのを知らない。
「準備はいいか?出発だ」
四回目の恐怖が始まろうとしていた。
ロイが空の旅を楽しむ少し前、ルーツィエの城内では緊迫した状況が続いていた。
王や家臣共々頭を悩ませ、同じように眉をひそめている。
王は円卓の上座に座り、家臣はそれを囲むように座っている。
「やはり開戦は避けられないかと……」
口にしたのは家臣の中でも最も信用の足る老人、ダンクマール・ダイゼンホーファーだ。
長年家臣を務めてきた経験や知識が十分に要する人物である。
その者が開戦は避けられないと言った。
周りの者もやむを得ないという表情だ。
「そうだな。では現状を把握している者。もう一度言ってくれ」
王、ディートリッヒ・ルーツィエ・ティーフェンブルンは言った。
「はっ、では報告させていただきます」
何枚もある羊皮紙をペラペラとめくってから話し出した。
「まず、ロザリンド国側は正式に戦うと公表しました。これによりこちら側も何らかの決定を公表しなければなりません」
「戦うか、放棄かの二択か」
「今のまま戦うのでは勝利と呼べる状況にもっていくのは厳しいと思われます」
「かといって戦わないと……」
ペナルティが与えられるわけではない。
三回まで戦いを拒む事ができる。
しかし一回拒んでも一か月しか効果がない。
三回で三か月だ。
その間に向こうは戦力を整える時間ができてしまう。
相手はただでさえ強国だ。
しかしその強国は今兵力が大幅に減っている。
我が国と同じぐらいまでにだ。
もしそこに勝てるとしたら今しかない。
リスクを冒してまで連邦からの評価を上げるべきか、保守に回るべきか。
相手は戦う意思があると表明している。
逃げても三か月後には戦っているかもしれない。
「王、私は戦うべきだと思います」
ある家臣は言った。
「そうか。では他に戦うべきだという者、挙手を願おう」
するとほぼ全員が手を上げた。
中にはダンクマールも説明した者も挙げていた。
「ふむ、そのようにするか。ではこれより兵を集めよ。開戦じゃ」
それほど大きくはないが鬼気迫る声であった。
家臣は一斉に席を立つ。
「王よ、どれほどの数をご用意致しましょうか?」
「できるだけ多くの数を。ここでロザリンドに差をつけるためにもな」
「御意」
老人は他の家臣を追うように速やかに部屋を出た。
残ったのは王ただ一人。
両肘を円卓につき頭を抱える。
誰だろうと見せられない姿だ。
王たる者、弱い姿は見せられない。
それはつけ入られるからだ。
どんな時でも気丈に振る舞わなければならない。
そろそろまた戻らなければ。
もう時間はあまりない。
戦うと決めたからには立ち止まってはいられない。
部屋を出る時には王は凛々しくも険しい顔をしていた。




