三十四話 町を駆ける噂
ちゃんと町を歩くのはこれが初めてだ。
昨日戦いがあったとは思えないほど賑やかである。
屋台が多く出ておりラーシャが言っていた美食の町というのも頷ける。
大通りの両端は屋台でほとんど埋め尽くされている。
「何にしようか」
「これだけあるとさすがに迷うね」
「それに人が多くて先に進めねぇな」
祭りでもないのにこの人の多さだ。
声があちこちから飛んでくるが内容はなぜか二つが大半を占めていた。
一つは屋台や飯の話。
これは美食の町であるため当然だが、問題はもう一つの方だ。
ロイが兵舎にいた時にも聞いた伝説の勇者の話。
皆口々にその名を出す。
町に来ているだとか、さっき会っただの周りに自慢するように話す者もいる。
「なぁ、伝説の勇者って何か知ってるか?」
あいにくロイはそういう話に疎い。
二人なら知っていると思い尋ねる。
「う~ん、詳しくは知らないかな。聞いた事あるってぐらい」
「それって確か神代の時代に活躍なさった方がそう呼ばれていたらしいです」
神代の時代はヱレクタム歴が始まる前の名称である。
それは今から六百四十八年前の事だ。
もちろんそんなに長く生きられる人間は存在しない。
人間の平均寿命はせいぜい六十歳~七十歳で、長くとも八十歳がいいところだろう。
となると今言われている伝説の勇者は子孫か生まれ変わりの可能性がある。
どっちにしろかなり胡散臭い。
「つまり嘘ってわけだ」
「絶対とは言い切れませんが怪しいですね」
「でも噂ってふわふわした情報の方が出回ったりするよね」
気になるのは人間の性か。
自分たちもそれに踊らされているのも確かだ。
「そういえばさっきの奴会ったとか言ってたな」
「見栄を張りたいだけでしょ。だいたいそれほど凄いお方なら町じゃなくて城の中にいるんじゃない?」
城か、と思って顔を上げる。
大通りの先、噴水の奥にそれはある。
左右対称で美しさを具現化しとような城だ。
「あそこに入れるんだな。俺もなってみたくなった」
「ぽんぽんとそんなの出てきちゃ伝説もなにもなくなるけどね」
「希少価値ってやつか」
にしても人が多い。
これだけ多いと歩くだけで疲れる。
「ちょっと路地裏行こうぜ。何か食えるもん買って」
「そうね。片手で食べれる物がいいわね」
「それならあれなんてどうでしょう?」
ラーシャが指したのは一軒の屋台。
「これはロザリンド国の名物なんですよ」
「え……あれって……」
その屋台からは香ばしい匂いはしていたし、存在に気付いてもいた。
ただ話題にしたくなかっただけだ。
「これ……蜥蜴じゃない?」
アリアスは恐る恐る聞いた。
「はい、そうです。ロザリンド周辺でしか捕れない種類なんです。見た目はあれですがおいしいらしいですよ」
「おいしいっていう感想を聞いたわけね……」
「すみません。私ここに来た事がないので」
「気にしないで」
見た目はただ蜥蜴をそのまま揚げて調味料を加えて、それに棒を貫通させたなんとも男気溢れる一品。
「ちょっとロイ、一本買ってきて」
「おい、それ……」
「感想聞かせて」
「人柱じゃねぇか!俺絶対嫌だぞ」
抵抗虚しくパシられてしまった。
ラーシャからお金をもらい列に並ぶ。
ショッキングな見た目にも関わらず多くの人が並んでいる。
いざ買って近くで見るとなお凄い。
サバイバル感満載で森の中で住んでいる人が作ったのかと疑ってしまうほどだ。
「うわっ、ロイ食べてみてよ」
「嫌悪感丸出しでうわっ、とか言うなよ……」
若干気持ち悪いから仕方ないけど店の人に失礼だろ。
「まあ、ここで食うのもなんだ。路地裏に行こう」
「引き延ばしても食べてもらうからね」
「セルフ罰ゲームかよ……」
負けたわけでもないのにこの仕打ち。
大通りから外れて路地裏へと入る。
さっきまでの喧噪が嘘のように静かだ。
「で、頭から?尻尾から?」
「ぐいぐい来るな。何がアリアスを駆り立ててるんだ……」
意を決し、蜥蜴の頭を見る。
目が合った気がしたがここで止めてしまえば罵倒されるのは決定事項だ。
「そら!行くぞ!」
ガブリ。
蜥蜴の皮はカリカリで、中は鶏肉みたいだ。
スパイスもピリッとして。
「う、美味い……」
「嘘でしょ!?」
「信じられないけど、美味いわこれ」
「どれ、私も」
ロイの手にあるそれに一瞬躊躇したが、思い切って今度はアリアスがガブリ。
目を閉じてよく味わった後、一言。
「あ、美味しい」
「な!」
「やっぱり本当においしかったんですね」
「ああ、疑って悪かった」
次からラーシャ情報網を信用するようにしよう。
ロザリンドの名物で盛り上がっている時に、アリアスは声を小さくして二人に話しかけた。
「ねえ、この道の奥見て。あれって……」
そこには派手派手な赤の鎧を纏った男と、いかにも魔法を使いそうなローブと帽子、杖を持った女の子、眼鏡のクールな僧侶みたいな三人組がいた。
「あれ、隠す気ねぇな……」




