三十話 死闘!
ファニクスは鬼のような形相を浮かべこちらを見ている。
もはやそこにエリートである幹部、ファニクス・フェルナーツの姿はなかった。
これが戦場での本来の姿なのだ。
どちらが本物であるとかはない。
どちらも真のファニクスだ。
「見つかったな……もう一回あれを使って逃げるか」
「そんな上手く何回も成功しないわよ。そろそろ覚悟決めて正面からやりあったら?」
「近接戦かよ」
「そうとは言ってないでしょ」
それにしてもこれだけの魔法や銃を使ってもあまり苦しくならない。
これは一体どういう事だろうか。
考えるのは後だ。
ファニクスは自分の左の太腿辺りを触っている。
「あれは……ッ!」
ロイが目にしたのは、ファニクスの太腿から出てきた長さ三十センチほどの銃ととてもよく似た形状の赤と黒色が混じった物だ。
左足が義足である事も驚いたが、それよりも義足であの速さを出せていた事にさらに驚いた。
「あれであのスピードって……」
「魔法による操作よね。それでもあそこまで使いこなすなんて、ロイには無理だわ」
反論しようとすら思わなかった。
「これを使う事になるとはな。まあいい。終わらせる」
レイピアを腰に納刀して、握っていた右手でゆっくりと銃をこちらへ向ける。
「ファニクスぅ~、珍しいわねぇ~。癇に障ったの~?」
「ああ、こいつらはこれで消し去る」
めっちゃ怖い事言ってる。
半分殺人鬼みたいな言葉と共に魔法陣が浮かび上がる。
赤色。
つまり攻撃系統だ。
ロイの魔法陣より遥かに大きい。
「あれは、魔力を注ぎ込んだ量が反映されるの。だからあれは通常弾ですら大地に傷跡を残すほどの威力を持つって感じ?」
「説明が最後雑だったけど要するにあれはヤバいわけだな」
「そうね。対策は?」
「こっちもありったけの魔力を注ぎ込めばいいだけの話だ。相殺できるほどのな」
クロエはあきれ顔もいいところだ。
「時間がないからもうそれでいくわよ。あたしの言う通りにしなさい」
「おう!」
クロエの指示通り銃に全神経を集中させる。
浮かび上がった赤色の魔法陣が徐々に広くなっていく。
「遅いわッ!」
ファニクスは先に弾を放った。
青色の弾だ。
この色は水属性を表している。
「まあ、あれに抵抗できるぐらいの魔力はあるわ。撃ちなさい!」
「おう!」
引き金を引いて発射させる。
反動が今までとは比べ物にならないほどだ。
身体ごと少し下がる。
赤い弾と青の弾がぶつかった瞬間、凄まじい爆風により目を開けていられない。
「うおっ!前が見えねぇ」
それが収まり、目を開けると、霧が晴れていた。
ぶつかったであろう場所の真下がへこんでおり、威力を物語っている。
「これで逃げも隠れもできねぇな」
「あんた負けるんじゃない?」
「うるせぇ、勝つんだ、絶対」
目の前にいるのは帝国でも上の人間。
ロイが憎んでいた敵である。
しかし踏んできた場数も能力も桁違いだ。
いつぞや同じような状況にあった事を思い出す。
あの時からまだそれほど時間が経ったわけでもない。
実践経験もほとんど皆無。
それでも勝つ希望を捨てやしない。
最高の形で帰るんだ。
「霧もなくなったし使わせてもらうぜ。炎をよ!」
体内魔力も随分と消費した。
ダメージをくらってもないのに頭がふらふらする。
狙いが定まらないのであればその周辺まるごと燃やせばいいだけの事。
「ありったけの魔力だくらいやがれ!焼き尽くす焔!」
ファニクスは顔色一つ変えない。
「馬鹿か。それは私が完全に消し去った魔法だ。もう一回聞くはずがないだろう!」
ファニクスは前回を再現するかのように魔法を唱えた。
「水波!」
前回よりは規模が多少大きかった。
どうやら本当にありったけの魔力を使ったようだ。
だが期待したよりも小さかった。
ファニクスの手の先からでた水のカーテンは炎を飲み込んでゆく。
自分が来る以前から魔力を消費していたためだろう。
さて、魔力もない子供をどう処理するか。
ファニクスは自分が当然の如く勝ったと思っていた。
「だから言ったろ!驕るには早いって」
炎を消した水の向こうから魔力が尽きかけているにしては元気すぎるほどの声が聞こえてきた。
水が完全に地面に落ちた時、ファニクスは目を見開いた。
避けきれないほど近くに銃弾が迫っていた。
レイピアがあれば切れたのだが、納刀しているためにできない。
銃で総裁も狙えるが至近ではこちらに被害が出る。
やむなく緊急回避を選んだ。
動きにくい鎧があだとなったか、銃弾が肩をかすめた。
「くッ!」
数々の戦場を無傷で潜り抜けてきた男がたった一人に攻撃を当てられた、ファニクスにとっては最悪の歴史となる瞬間だった。
「おい!見たかクロエ!当ててやったぞあのお高くとまった野郎に!」
「それはまあ、そうだけど、あれ見てそのテンション保てる?」
ファニクスは激昂していた。
今までもそうだったが、これは明らかに何かが違う。
「ああいう人種はキレやすいからなぁ。ヤバそう」
ファニクスはゆっくりと銃口をロイへと向ける。
「あ~あ、こうなるのもさしぶりねぇ~。クロエちゃんもいい宿り主見つけたんじゃない?でも中途半端に強いのも考えものよねぇ~」
ファニクスの横で浮いているアレクサンドラにっ、と笑った。
「だってこの世で二、三番目に辛い死に方するんだもんねぇ~」
ファニクスは弾を放った。
ロイは銃を盾として使って何とか他の方向へ流した。
「今魔法陣でなかったよな……?」
「あれは、嘘でしょ……そいつ」
ロイの問いを無視してクロエは驚いている。
「嘘じゃないのよぉ~。魔遺物を使えるのは双属性じゃないとだめなのは知ってるわよね。じゃあファニクスの属性は何だと思う?ってわからないわよねぇ~。正解は水と天体でしたぁ~」
「天体か。だからどうした」
それについてはクロエから聞いている。
全属性最弱と。
だから恐れるには足りないのではないか。
「あんたには言ってなかったわね。確かに天体属性は弱い。ただ例外があるの。それは魔遺物を使えるって事」
「つまり魔遺物を使えて尚且つ天体属性っていうのは、最強の組み合わせなのよ」
魔法陣が出なかったのもその所為か。
「天体属性はそれを得意属性とするものしか使えない。使う場面がないのよ。あれは魔遺物を通して初めて攻撃できる属性だから……」
「そうよね。しかもただでさえ天体属性なんて少ないのにそれに双属性って条件まで付くからなかなかいないわよねぇ~」
ファニクスはそのゼロに近い確率を通り抜けた選ばれし者だったのだ。
「天体かなんだか知らねぇけど、勝てばいいんだろ!」
「あんたには……そうね。勝てばいいのよ」
何かを言いかけたクロエだったが、それを止めた。
きっと勝てないなどと言うつもりだったんだろう。
それほど強いものなのか。
「じゃあ、説明もほどほどにしてそろそろ終わらせるかしら」
ファニクスはぎりぎり聞こえるぐらいの、それでも力強い口調で唱えた。
「流星―群」
銃口が一つのはずが一斉に無数の弾が発射された。
それぞれ一直線であったり、曲線を描いたりしてはいるがロイの場所を確実に狙っている。
「な、なんだよこれ!」
ロイには撃ち落とせる数ではない。
避けれるほどの数でもない。
魔法で防げる数でもない。
しかしそれを見た時に思った。
それでも死を覚悟する理由にはならない。




