二十六話 もう一人の使い手
帝国のキャンプ地で設けられたテント内の作戦室では、幹部たちが早くも圧勝ムードで酒を飲んでいた。
その中でも一人冷静だったのがファニクスだ。
椅子に座り手を組んでひたすら考えを巡らす。
そこへ一人の兵が這いつくばるように入ってきた。
その男は一兵士でしかなく、鎧も汚れている。
幹部たちはそれを冷ややかな目で見た。
「ほ、報告します!ろ、ローラント平原の、ロザリンド国側にて、謎の武器を所持した、が、ガキを発見しました!」
息も切れて言葉遣いも荒い。
「謎の武器?子供?もっと詳細に報告しろ」
「はっ。そのガキは棒状の武器から赤い火の球のようなものを発射して攻撃していました」
ある考えがファニクスの脳裏を過った。
だがそんな事があるわけない。
「そのため戦場の一部の兵士が混乱。統率が取れていない状況です」
今の自分にとっては非常にまずい事態だ。
このままいけば陛下に出された条件をぎりぎりながらも満たせるはずだった。
もちろんこの話はここにいる幹部は知らない。
知らせる必要もないからだ。
「つまり遠距離だが、弓やクロスボウではないのだな?」
「はい。間違いありません。あんなものは見た事がありません」
信じたくないが脳裏を過ったものが正解らしい。
「へえ、ファニクス以外の使い手がいるなんてね」
「……」
アレクサンドラはファニクスの肩に手をのせ、自分をアピールした。
それを無視してファニクスは考える。
思うにそのガキが持っているのは十中八九魔遺物だ。
それも自分と同じ銃という種類だ。
「長さはどれくらいだ」
「えぇと、確か剣とほぼ同じ長さだったと」
これは自分とは違う。
ファニクスの銃は片手で持てて、懐にしまえるほどの大きさだ。
「わかった。報告ご苦労。戻れ」
「はっ、はい」
男はいそいそとテントを出て行く。
はたしてあの戦場にそれと戦えるほどの者はいるのか。
猪人が相手をしても、俊敏な動きは苦手の種族だ。
どうするべきか、と頭を捻る。
幹部たちはその報告を聞いてもまだ談笑お続けている。
いや、聞いていないのかもしれない。
どちらにせよこいつらは戦いでは使い物にはならないだろう。
だとすると思いついた事がひとつだけある。
自分が直接赴くというものだ。
そうすれば直にその子供の事や魔遺物についてもわかる。
「すまない。少しここを空ける」
「はっはっは、トイレかぁ?別に勝つんだ。そのまま帝都に帰ってもいいぜぇ」
面白くもない冗談だ。
だが周りはアルコールが回っている者しかおらず、その程度でも笑いが生まれた。
早くこの場から逃げたかったのも理由になるかもしれない。
テントを出て遠くに見える戦場に向かう。
「はぁ~、ホントに使えないやつらね~。それに引き換えファニクスは使える子よねぇ~」
「褒めてるのか、おだててるのか、バカにしてるのかどれだ」
「ぜ~んぶ」
「それが一番アレクサンドラらしいな」
こんな会話でも幹部よりも、部下よりも、誰よりも楽しい。
気楽に話せる人物など帝国には存在しないのだ。
いつも他人の粗探しで迂闊に発言できない。
それを上に報告され、地位をその報告した者に奪われるからだ。
それを知って、細心の注意を払う事ができたからファニクスは史上最年少での議会入りが決まったといえる。
「でも私以外の魔遺物でしかも銃なんてなんか運命みたいね~」
「銃同士で知り合いとかあったりするものなのか?」
「さぁ~?どうなのかしらね」
腕を組んでそれをファニクスの頭の上に乗せる。
重さはないのだが、下に見られているようで腹が立つ。
「それやめてくれないか」
「えぇ~どれぇ~?」
「とぼけなくてもいい。それだ」
「いいでしょ?減るもんじゃないし~」
アレクサンドラはそういう奴だ。
自分がしたい時にして、したくない事は絶対にしない。
最初はそれに付き合うのは大変だったが、今ではそれも楽しみの一つとなりつつある。
アレクサンドラに飼われている気分だ。
だんだん音が大きく聞こえてきて、はっと気付く。
もう少しで戦場だ。
久しぶりの前線で腕が鈍っているかもしれない。
感覚を取り戻すにはちょうどいい相手か。
でも気は引き締めていかなければならない。
自信と慢心は違うのだ。
アレクサンドラはファニクスに聞いた。
「さあ、戦場で咲いてみせましょーか?」
「ああ、頼む」
ここにいる中で戦いに心躍るのはアレクサンドラだけではないのだ。




