百四十六話 アリアス救出作戦 捌
ファニクスは確信していた、もう自分の勝利だと。
余裕過ぎて、こいつについてきた連中をどうしてやろうかとさえ考えるほどだった。
けれどもそのときに浮かんだ考えを現実のものにすることはできなかった。
なぜなら――
「具現」
ロイを中心として、炎の渦が舞い上がり、放った弾丸が消え去ってしまったからだ。
そして目の前に現れたのは、燃え盛るような赤い服、というよりもはや布を纏ったアレクサンドラの妹のクロエルローラであった。
両手には大小異なる二つの銃を持っている。
銃身が長いほうは、黒色で塗られた骨董品を思わせるもので、短いほうはクロエの服と同じような赤色だ。
黒色のほうには見覚えがある、というのもロイの魔遺物と驚くほど似ている。
だがクロエに尋ねようにも、完全に戦闘態勢に入っていて、聞く耳を持たなそうだ。
具現する前からもファニクスには当然見えてはいたのだが、今は溢れんばかりの存在感と彼女から発せられる熱により目を閉じていてもどこにいるかがわかる。
「はあ、結局あたしの出番ってわけ?」
呆れ顔のクロエが続ける。
「せっかく出番か聞いてあげたのに、まだだ、とか?ぬかすんじゃないわよ!」
「すみません……」
聞く耳は持っていなかったが、喋る口は持っていた。
とりあえず謝って戦ってもらおう。
「だいたいあんたねぇ!」
いやまだ続くんかい!
「と、とりあえず今は目の前の敵をね?倒してから……」
「はぁーっ、帰ったら覚えてなさいよ」
帰ったら怒られることにしよう、全員無事で帰ったら。
「……お前、それが使えたのか?」
驚嘆のあまり言葉が出なかったファニクスはこれはなんとか口を開き、ただ純粋な疑問としてロイに問うた。
「さあな。もしかしたら前は手を抜いて使わなかっただけかもな」
先ほどとは一転して、余裕をかますロイに、ただ唇をかむしかなかった。
状況は一変、圧倒的優勢だったはずのファニクスだが、今は劣勢に立たされている。
それほど具現は強力だといえる。
しかしファニクスにはまだ諦めたわけではない。
「お前と話してても楽しくないからな。とっとと終わらせるぞ!」
そう、とっとと終わらせる必要がある。
ロイがそこまで優勢ではないとファニクスが判断した理由は二つある。
あまりにも体内魔力を使ってしまう具現化は、長時間使うことができない。
ファニクスの限界をもってしても、十三分。
あいつはどれだけ頑張ってもせいぜい十分といったところだろう。
それにもう一つある。
まだ慣れていない、そう考えたのだ。
覚えてからまだ日が浅い。
使えるようになったことが一番の成長だ。
なら使いこなせるまでには至っていないのではないか。
実践以前に、戦ったことすらないのではないか。
「いいだろう、十分間は貴様の独擅場だ」
ファニクスは己の体内時計を起動させ、十分後にアラームをセットした。
そして生死を分ける時間が始まる。
一方的に攻撃を仕掛けるのはクロエだ。
乱舞の如く次々と弾丸を放っていく。
まるででたらめに、けれども正確に。
「どうするのぉ~?」
妹が具現化していても、態度は変わらない。
それどころか成長を見守るような視線を送っている。
ファニクスは答えない、否、答えられないのだ。
暇なくやってくる攻撃はとどまることを知らない。
躱して、打ち消して、避けて……
すべてを紙一重でこなしていく。
「あんたもさっさとすればいいのにぃ~」
茶化すアレクサンドラに文句の一つすら言えない。
それほど切羽詰まった状況であった。
「おい、お前もそろそろ具現化させたらどうだ」
だがファニクスは頑として使わない。
使わずして渡り合おうとしているのだ。
「だったら維持でも引っ張り出して見せるわ!銀色の焼却!」




