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愚者の復讐  作者: 加賀谷一縷
第三章
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百四十五話 アリアス救出作戦 柒

 何かいつもと違う感覚だ。

 ロイはそんな思いを抱かずにはいられなかった。

 その正体の核心に迫れないもどかしさがあるが、まずは目の前にいる敵に専念すべきだと割り切る。


「お前、ずいぶんと腕を上げたな」


 そう言葉を漏らしたのはファニクスだった。


「当たり前だ。お前を倒すためにここまで来たんだからな」

「それでも俺には及ばない」

「だったら試してみろよ!」


 ソードブレイカーを自分の上腕に向かって刺して唱える。


血操ブルートマニプラツィオーン!」


 走る激痛によろけてしまう。

 流れる血が、ロイの足元に溜まっていく。


「ロイッ!?」


 慌てて後ろから声をかけるアリアス。


「大丈夫だ……ほら」


 気が付けばtが流れていない。

 まるで時が止まっているかのようだ。


「心配すんな、下がって……」


 言いかけて、そこで違和感に気が付く。

 そうだ、これだったんだ、と。

 いつものアリアスなら一緒になって戦うはずなんだ。

 なのに今は、何一つ言わずに、後ろにいる。

 こんなことは初めてなのだ。


「ロイ……?」

「い、いや。なんでもない」


 その様子を見ていたファニクスが口を挟む。


「やっと理解したか」

「何がだ」


 すでに血は地面からはなくなり、ロイの辺りを蛇のように漂っている。


「その女だ」


 曖昧な表現にいら立ちを隠せない。


「だからなんだってんだ!」

「教えてやろう。そいつはもう戦う術を持ち合わせていないということを」


 言葉の意味は理解できる。

 だが、ファニクスが言っている意味がわからなかった。


「どういう意味だ」

「そいつはな、もう魔法を使うことはできないんだよ」


 急いで後ろを振り向く。

 そこには目をそらすアリアスの姿があった。


「そうなのか?」


 恐る恐る尋ねる。

 否定してほしい、いや否定したいと思っているはずだ。


「……そうよ」


 答えはファニクスが言っていたとおりだった。


「魔法が使えるならとっくに鉄格子を壊してるはずでしょ?仮にあそこに魔法がかかってて中では使えなかったとしても、今の戦闘でなら加勢してるはずよ、昔の私なら」


 ため込んでいたものを一気に吐き出すように言った。

 その顔は悲痛でとても見ていられるものではなかった。


「残念だったな。せっかく助けたと思ったらもう使い物にならないんだから」


 ファニクスは淡々と続ける。


「それにもう一つあるだろ?」


 そこからはアリアスが言え、というふうに促す。


「……」


 答えないアリアス。

 面白くなさそうに、代わりにファニクスが言う。


「言わないなら俺が言おう。そいつにはもう触れられない。触れたとたんに死ぬからな」

「いったいどうなってる?」


 ロイの問いかけに応じたのはアリアスだった。


「助けに来てくれたとき、手を差し伸べたでしょ?」

「ああ、でも断った」

「人には触れられないから。そういう魔法をかけられたから」


 ロイの後ろでそんぼ魔法をかけた人物は静かに笑う。


「すまないな。壊してしまって」

「……っせーな」

「え?」

「うるせぇーって言ってんだよッ!」


 激昂するロイは、怒声を浴びせる。


「あれが助けに来たのは魔法が使えてどんな敵でも倒せるアリアスじゃねぇ!俺の友達でいつも隣にいてくれるアリアスだッ!」


 言い終えると、ロイの血がファニクスへと向かう。

 槍のように放たれたそれを追うかのようにロイ自身も駆ける。


「友情か。素晴らしく無駄なものだ。そんなものがあるからお前はここにきて無駄に命を落とすのだ!」


 義足に作ってある収納場所から銃を取り出しロイに向かい撃つ。

 逃げるなんてものはファニクスの頭の中にはない。

 自分が最も強いのだと。

 だから逃げる必要がない。

 ロイは血で盾を作り、青色――水属性の弾丸を無力化する。

 魔力で作られたそれが消えるのを確認して、血の盾を扉を開けるかのようにして、ファニクスと対峙する。


「ご自慢のレイピアでかかってきやがれッ!」


 相手はレイピアに銃――アレクサンドラという装備だ。

 対してこちらはソードブレイカーに、背負っている銃――クロエルローラ。

 自分と戦っているような気がしてならない。


「自分から飛んでくるなんて、面白い」


 血が四方からファニクスを狙う。

 尖ったそれは、岩をも貫く。

 そのことは、この魔法をロイの前で使ったレノーレとの鍛錬で実証済みだ。

 だがそれは当たったことが大前提である。


「斬ったら、終わりか?」


 実験をするかのように向かってくる血のトゲを斬る。

 直後ロイはにやりと笑う。


「残念ッ!答えはバツだッ!」


 この血は植物のツタではない。

 途中を斬っても、根元から斬っても分裂してまたロイの意思で動くことができる。

 小さくはなったとしても、その刃が衰えることはない。


「だと思った」

「ッ!?」


 みれば血が凝固して、ロイの意思に反して落下する。

 ことん、と音を立てて、1ミリも動くなくなってしまった。


束縛する氷結フェッセルンツーフリーレン


 またレイピアで触れられた、まだ切断されずロイの体と繋がっているほうの血も、ゆっくりと凝固していく。

 ロイはぎりぎりのところで、血の繋がりを断った。


「いい判断だ」


 そうしなければ、やがては体内にある血液ですら凍らせれかねない。


「だが遅い」


 言ったときにはもうレイピアの穂先がロイの心臓を狙っていた。


「くッ!」


 寸前でソードブレイカーを使い、凹凸の部分を絡める。

 しかしファニクスの攻撃は終わることはなかった。

 今度は逆の手で銃をロイへと向ける。


「さらばだ、小さき騎士」

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