百四十三話 アリアス救出作戦 伍
避けようもない相手の大魔法に、死を覚悟した。
目を閉じて、最期にいもしない神にでも祈ることにする。
ところがいくら待ってもその一撃はやってこない。
恐る恐る目を開けると、そこには男が立っていた。
「やあ嬢ちゃん、元気?」
それはロイの上司である人だった。
その者は背丈ほどある槍とも斧ともつかない武器を構えている。
筋骨隆々な男がそれを持っていても、違和感なく見えるのが不思議なところだ。
「ほう。これはまた無骨と言うか、その体に似合うハルバードだ。しかし今の魔法を止めるとは。少し興味が湧いた」
「どうも。そっちは装備すらできない貧弱らしいが」
「お気遣いは嬉しいが、私は丸腰でも十二分に戦えるので」
「そうか、なら全力で行かせてもらう。フランカ、お前はロイと合流しろ」
クラインはフランカを一切見ずに告げた。
しかしフランカはそれを聞いて引き下がるどころか、一歩前に出てナイフを構える。
「私はねぇ、あんたの部下じゃないから命令なんて聞く義理はないわ。もっともロイがそう言ってたとしても答えは同じだけど」
これだけやられて、あとはほかの人に任せるなど、矜持が許さない。
「ったく、誰に似たんだか。いいだろう、あいつを倒すぞ」
「言われなくても!」
すぐさま臨戦態勢へと入る。
「二人相手はあまり好きではないけど、この際仕方ないか」
しぶしぶ了承といった顔をするユスティン。
「それで、ロイたちは?」
「もう先に行った」
目の前の難敵に聞こえぬよう、小声で言葉を交わす。
「ここはこいつの足止めってことか」
すべてを察したように、クラインは言った。
「そう正解。来るわよ」
攻撃を仕掛けようとしているユスティンに気を向かわせる。
「海原の悪魔」
唱えた男の横に、水滴が集まっていき、それらが徐々にあるものを形どっていく。
人間の形に似た、二足歩行で両手両足があり、しかし皮膚の色は青色で、目は黒く不気味な雰囲気を漂わせている。
特徴的なのが、額に生えた日本の角だ。
黄色がかったそれがより人間とはかけ離れた存在であることを表している。
「これで数は同等になっただろ?」
余裕のユスティンに対し、クラインは険しい表情をしている。
「な、なにあれ?」
「伝説上の生き物を作り上げたものだ。ったく、こっちもやるか。土石龍」
今度はクラインの隣に、二枚の翼を羽ばたかせる土気色の竜が完成する。
大の大人が乗れるほど大きさを有する龍は、目の前の悪魔をにらみつける。
「せっかく数を合わせったってのに」
うなだれるユスティンだが、再び龍に目線を向けると、悪魔に命令を下す。
「あいつと遊んできてもいいぞ」
命令、というよりかは許可だったが、下ると悪魔はきききっ、と笑って背に生えた小さめの羽をぱたぱたと動かしユスティンから離れる。
「さあ、これでまたさっきと状況は変わらない」
目の前のキザ男は仕切り直しぐらいの感覚らしい。
だがクラインは違った。
龍を動かす、形を保つだけでも体内魔力は消費されていく。
仕切り直しではなく、新たな戦局に入ったというほうが正しい。
もちろんこの男がそんなことを知らないはずがない。
よっぽど自分の体内魔力が多いか、勝てる自信があるようだ。
「やりにくいな」
クラインが弱音を吐くのは珍しい。
組織のトップは誰にも弱みを見せてはいけないというのが彼の信条であったからだ。
「ちょっと、勝てるんでしょうね?」
自分に向かってきたあの魔法を簡単に弾いた男が、まさか弱音を吐くとは思ってもみなかったため、問いたくなってしまった。
「やりにくいだけだ。つべこべいわずにいくぞ!」
「後半なげやりでしょ!?」
その間にもユスティンは次なる魔法を唱えていた。




