百四十二話 アリアス救出作戦 肆
戦いは激しさ増していた。
二対一の数的有利を活かし、ここまでピンチなく進めていた。
なのにも関わらず、最後まで攻め込めない、あと一手が出ないのは、アスレットの驚異的な粘り強さがあるからだ。
武器は一般でもよく使われいている変哲もない剣一本だ。
蹂躙できるほどの技があるわけでも、一発逆転の大魔法あるわけでもないどこにでもいそうな兵士。
そんな思いを抱かずにはいられないが、なぜか決め手には欠ける。
彼の強みはそこにあった。
正確に裏付けされたようなまじめで、真っ直ぐな姿勢で必死に耐えている。
持ち味はシンプルなもので、非常に強力なものであった。
「氷雨の矢」
ラーシャは優勢である現状を良しとはしなかった。
それが続くのことは、言い換えれば攻めあぐねているということだ。
魔法で戦う者としてこれがどれだけ危険か、ラーシャは知っていた。
たとえ世界に名をはせるほどの大魔法使いだとしても体内魔力は有限である。
それが尽きてしまえば一切の魔法は使えなくなってしまう。
近接攻撃を会得していない魔法使いは非常に降りなのだ。
「ッッ!」
向かってくる凍てつく青い矢を、帝国式のどっしりとした構えの剣術で対処する。
頬をかすり、たらりと血が流れる。
拭う暇なく、殺意の雨に対抗する。
だがそれは延々と続くものではない。
ついに終わりがやってきたのだ。
攻撃が途切れた瞬間、好機と見たアスレットが、鬼人の如く襲いかかる。
「拒絶する極光」
剣での斬撃が当たる前に、セシリアが魔法を張った。
特別な加護を受けているわけもない剣は、見事に弾かれ、アスレットは思わずのけ反る。
そのときに、一つの魔法を唱えて、離れていった。
「魔法氷結!」
「ッッ!?」
しまった、というのがラーシャが最初に抱いた感想だった。
創造もしていなかった反撃に、苦虫を噛み潰したような顔をするしかなかった。
「……私が……やります」
一歩前に出て、小さい声ながらも闘志を感じさせた。
「セシリア……任せるわ」
戦う手段を失ってしまっているラーシャに、もはや止めるだけの権限などない。
それでも聞いたのは、ラーシャの許可が欲しかったからだろう。
今までに戦闘などでは、セシリアは守られる立場だった。
姉としては、自分が守らねばという意思があり、できるだけ戦わせたくはない。
今日初めて見る、妹の戦い。
「繁栄の弓」
前にかざした手に光が集まり、たちまち弓の形をしていく。
ものの数秒で、セシリアの半分ぐらいの弓が出来上がった。
それは神の加護でも受けたように、燦然と光り輝いている。
「これは……また貧乏くじを引いてしまったようだ」
アスレットはため息をついて、しかし柄を改めて握りなおす。
「それでもこっちが有利なのには変わりない。魔法使いだろうと弓兵だろうと近接では有利な点を活かせないからだ」
自分に言い聞かせるようにアスレットはそう告げた。
魔法で作った弓だったとしても、剣劇を避けつつ狙いを定めるなど至難の業だ、と剣の兵士は考えていた。
実際にその考えは至極当然だ。
でも彼はもう一つ上の発想にまでは至らなかった。
「うおぉぉぉおお!!」
駆けて少しでも距離を詰める。
こうなれば距離をどれだけ詰められるかが勝負の分かれ目だ。
セシリアは臆することなく、真っ直ぐにアスレットを見つめ、矢を放つ。
かかった、とアスレットは内心ほくそ笑む。
確かに魔法は一級品だが、戦闘経験がいかんせんない。
場数を踏んできたこっちが圧倒的に有利で、最初から勝負は決まっていたんだ、と。
横に回避して、放った少女を一度見る。
そこには驚きも、焦りもない顔で、こちらを見ている。
むしろ驚いたのはアスレットのほうだ。
もう一度撃ってくると予想していたのに、平然と立っている。
まるでもう勝負は終わったかのように。
なぜか腹立たしくなって、まぜか押されているような気がして、立ち上がるとまたセシリアに向かい走り出す。
だが立ち上がった瞬間、突如背中に痛みが走る。
痛みなど生易しいものではなく、死に直結と予感させるほどのものだ。
「がはっ!」
膝から崩れ落ちると、床に血反吐をまき散らす。
「な……だこれ……は……?」
途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「弓矢……」
「嘘だ……俺は避けた……のに」
力を振り絞ってセシリアに言う。
「これは追尾するように魔法で……付加したもの」
それを聞き、アスレットは理解して天を見上げ、先後の言葉を口にする。
「そうか……結局……魔法を舐めてたってことか」
そのまま目を瞑り、二度と覚めない永遠の眠りへと、アスレットはついていった。




