百四十一話 アリアス救出作戦 参
走りながらロイは、ここが前回の偵察で来たところであることに気付いた。
霞みがかっている記憶を手繰りつつ、目的地の到達を急ぐ。
そして扉の前に立つ。
一つ深呼吸、ドアノブを握る手に力が入る。
以前は助けられなかったが、今度は違う。
この向こう側にはアリアスがいる。
「よし」
自分に言い聞かせるように、言葉をこぼし、勢いよく扉を開けた。
鉄格子の奥、やっと会えた。
アリアスは振り返るが、そこに驚きや感極まる様子はない。
立ち上がることもなく当然のように平素と変わらない落ちついた表情をしている。
「助けに来たぜ、二流の姫サマ」
口角を上げ、ロイに言葉を返す。
「遅いわよ、三流の騎士サマ」
双方久しぶりに相手が笑っている姿を見た気がした。
「せっかくの再会なのにこれ邪魔だなあ」
演技っぽく言うと、それに対して魔法を唱える。
「焼き尽くす焔」
アリアスの元まで火が届かないように手加減しつつ、溶けたと思う頃合いを見計らって炎を消す。
さっきまで遮っていたものがものの数秒で消え去ってしまっていた。
「あんた、見ない間にそんなことできるようになってたの?」
「本気出せばこれぐらい余裕だったろ?」
「明らかに本気じゃないように見えたけど」
会話をしつつ、ロイは手を差し出す。
「ほら」
つかまれ、とそういうニュアンスを含ませて言ったが、意外なことにアリアスはそれを拒否した。
「い、いいわ。自分で立てるから」
「そうか……?」
訝しげにアリアスを見たが、追及するほど悠長にはしていられない。
服を払い終えると、ロイの方を改めて見た。
「ん~、なんか大人になってない?」
「元々だ。ほら、さっさとここを出るぞ」
部屋を出て、仲間がいるところへと向かおうとする。
しかしその前に、コツコツと一定のリズムを刻み、着実に音が大きくなっていく。
目視で確認できるところまできて、ロイはそれが誰だかを知る。
「ファニクス……ッ!」
アリアスを誘拐した張本人は、何食わぬ顔で挨拶をする。
「また会ったな。これで三回目か。そっちからしたら二回目だろうが」
「黙れッ!」
ロイは銃をファニクスの方へと向けると、ためらいもなく赤い弾丸をぶち込んだ。
それをファニクスは腰に差してある細身の剣で、真っ二つに切り捨てた。
「あいかわらずだな。だが前より確実に威力が上がっていた」
「評論家気取りで語るんじゃねぇ!」
銃を持つ手が、無意識に力が入る。
「もしかして私の出番?」
顕現したクロエが後ろからロイの顔を覗き込むようにして言った。
「……まだだ」
「あっそ」
そこへもう一人の女の声がする。
アリアスではなく、もっと艶やかな落ち着いた声色であった。
「クロエちゃん、また会ったわね?」
「その呼び方やめてくれる?おばさん」
両者の頬のに怒りの筋が通る。
「ちょっと勝手に熱くならないでくれるかな?」
思わず声にして言ってしまう。
反応を真っ先に示したのはクロエではなく、アリアスだった。
「誰と話してるか……前に話してもらうって言ったわよね?」
「ああ、これが終わったらいくらでも話すさ」
目をファニクスから切らさずに、ロイは静かに口を開いた。
「そう……」
アリアスは妙な圧に押されてそれ以上何も言えなくなってしまった。
「今回こそ逃げ場はないぞ」
「逃げるつもりもねぇよ。ここでお前を倒すからな!」
ふつふつと煮える怒りを抑えて反論した。
「話は終わりだッ!」
言い終わった直後、銃が魔法陣を描いて弾丸が飛んでいく。
燃え盛る赤色の弾。
それをファニクスは一歩も引かずに斬った。
後方で起こる爆発音に目もくれず、詰めるロイを静かに見つめていた。
ソードブレイカーとレイピアではリーチに差がある。
レイピアは斬ることよりも突くことに長けている。
ソードブレイカーの凹凸と、レイピアがぶつかり、戦いを告げる金属音が鳴り響いた。




