百四十話 アリアス救出作戦 弐
砦内を山脈の方へ向かって駆けていく。
一刻も早くやることを終え、脱出しなければならない。
きれた息すら整える暇なく、廊下の両側にある扉を手分けして確認していく。
焦りからか開けるのがどうしても雑になる。
ロイが考える地番最悪の事態だけはなんとしてでも避けたい。
「ここでもないッ!」
叫びたい気持ちを抑えながら、言葉を漏らした。
時間がなさ過ぎた。
その最悪の事態であることを告げる、一人の男がロイの背中に突き刺さる。
「おい、止まれ」
聞き覚えのない声が耳に入ってきた。
「誰だお前は」
緋色の奇妙な形をした短剣を即座にぐっと握る。
戦闘は避けられないのは先刻承知だ。
振り向いた先に立っていたのは、自分より少し上の男だった。
「あの人がこんな子供にてこずったなんて信じられないが……」
驚きのあまりそう言葉を発した。
まだ頭の中には疑問が残る。
「誰だか知らないが邪魔するつもりなら倒させてもらうぜ」
ソードブレイカーで先制しようとしたとき、ふいに後ろから声がかかる。
「ロイさんは先に行ってください。ここは私たちが引き受けます」
そう言って二人はロイよりも前へ出て、敵と対峙する。
「でもそれは」
「いいですから!」
言葉を荒くしたラーシャを見るのは初めてだった。
猛獣のように、しかし繊細な瞳が告げていた――自分たちは大丈夫だ、と。
普段とのギャップからよりロイに衝撃を与えた。
「ロイ様……ご武運を」
それ以上有無を言わさない威圧がそこにはあった。
「……ああ。絶対二人で戻ってくるから」
決して後ろを向くことがなかったセシリアが実は面白くなさそうにしているのを、言い残して去っていったロイは知る由もなかった。
「はあ……はあ……」
腕から滴る血が指先を伝い地面に落ちていく。
狐耳の少女は目の前がぼやけて見えるほど危機に陥っていた。
「おいおい、自らこの場に躍り出たわりには持ち時間も満たせないのか?」
目の前の男は平然と言ってのける。
憎たらしいほどの余裕だ。
細身の短剣を持つ手が震える。
隠す余裕すらない自分とは雲泥の差だ。
「うるさいわね。そういう男は嫌いだわ」
「ほう。そうかい。奇遇だな、私も獣人族は大嫌いだよ」
言っていることとは反対に口角は上がっている。
相変わらず武器は何一つもっていない。
それなのに傷一つつけられないもどかしさがこみあげてくる。
この傷も魔法で受けたものだ。
魔法は武器と違い、体内魔力という制限がある。
限界に近づくにつれ、威力は下がり、範囲も狭くなる。
だからまずは避け続けて消耗を謀ったのだが、一向に効果は表れなかった。
こちらの体力だけが奪われる形となり、今の危機的状況が生まれたのだ。
「そろそろ終わりにしてもいいかな?先に行ったあの男を追わなければならないのでね」
鋭い目線でフランカを見た。
骨の髄まで凍らせることすらできそうな視線が、恐怖を植え付ける。
「行かせるわけ、ないでしょ」
途切れそうになりつつもなんとか言葉を紡ぐ。
「ふぅん。それが威勢だけじゃないこと祈るよ」
言い捨てるととどめを刺すために、ユスティンは口を動かす。
「生を刈り取る冥府の鎌」
闇を模した漆黒の人の大きさを優に超える大鎌がフランカを狙い薙ぎ払おうとしていた。




