百三十九話 アリアス救出作戦 壱
「はぁ……はぁ……」
鼓動が早く、息も切れきれの状態になりながらも四人はなんとか砦の内部へと侵入することができた。
「何とかうまくできましたね」
今は一階にある小部屋に潜んでいる。
太陽の光も届かないそこは、蝋燭の火を頼りに、仲間の顔がぎりぎり見えるかどうかという薄暗い中であった。
「それにしてもうまくいくもんだな」
ロイが他人事のように、腕をくみ、うなずきながら感心した。
「でもまだ序章に過ぎないでしょ?」
「珍しくやる気だな。さては先頭でちょっと活躍したから調子に乗っちゃってる?」
「うるさいっ!」
敵にバレないよう小声ではあるものの、その形相から相当に怒っていることが見て取れた。
「そ、それにしてもロイさんの魔法の威力はすごかったですね~」
このままではけんかになりかねないと思い、ラーシャは話題を変えた。
「この戦いが始まるまでの時間ほとんど費やしたからなぁ。こんだけやったのtって軍学校以来だ」
「軍学校、ですか?」
確かめるため復唱して聞き返す。
「自分が知っている中で、軍学校は二つしかない。
一つはロザリンド国軍学校と――
「帝国軍学校だ。あれ、言ってなかったっけ?」
正式にはヴァルフガング帝国軍事学校である。
「初耳です!」
身を乗り出し、ロ位の話をもっと聞きたそうにしている。
「アリアスも一緒だったぞ」
「そうなんですか。帝国に住んでいたことは知っていますけど……しかしロイさんは帝国出身なのですか?」
帝国軍学校は帝国出身者でないと入学を許されない。
情報漏えいや鍛えた未来の兵士が外へ流出してしまうのを防ぐためだ。
「違う、違うけど父親のおかげで入ることができた」
規律を重んじる帝国ではまさに異例中の異例だ。
「ロイさんのお父様とはいったい――」
「しッ!」
言い終わる前にロイが遮断した。
廊下から聞こえてくる足音をロイは聞き逃さなかった。
全員が思わず息を止める。
いっそ大人数で来てくれればよかったのに、とロイは思う。
こう闊歩されると嫌でも並大抵の強さでないことが理解する前本能がそう告げてしまう。
「おいおい、その年でかくれんぼかい?まあいい、付き合ってあげよう」
そう言って扉を思いっきり開ける。
外から入る光が、地面だけを照らす。
しかし人影は見えず、少し残念そうな顔をしてゆっくりと閉めた。
ロイたちがいる小部屋から二つ隣のことだ。
「あいつって魔法だけで戦ってきた奴じゃない?」
ほぼ確信した声でフランカは言った。
狐人の耳がここでも役に立つ。
極微の違いでもこの耳の前では簡単に見分けられる。
「あいつか……まったく、潜入早々に嫌な奴に目をつけられたもんだ」
だが思考を止めてはいけない。
それは生きることを放棄する行為だから。
「私が行くわ」
短くも覚悟の現れからか、語気強めてロイを見る。
「相手は魔法に絶対の自信があるやつだぞ。それなら――」
「あいつには借りがあるから」
フランカが密かに根に持っていることだ。
自分が来ると、それまで殺気立ってたのに一気にしぼんでいった。
いつか見返してやると心に決めていたのだ。
一方のロイは魔法には魔法の得意なラーシャとセシリアが妥当だと思っていた。
そして前線に自分とフランカの二人を配置する。
四対一なら勝機は大幅に広がると考えていた。
「でも一人で戦うなんて」
「あいつはもともと一対一しかやらないはず。だってこの前もそうだったでしょ?」
フランカの姿を見るや否や顔が歪み、露骨に嫌そうにしていた。
「それに時間がない。三人はアリアスっていう人を助けるんでしょ?目的を忘れちゃだめじゃない」
「お、おう」
なぜか怒られているような気がして、しかしフランカを置いていくのもどこか許せない自分がいる。
「さあ、じゃあここ出るわよ。早く助けてこっちまですぐ戻ってくればいい話でしょ」
こうと決めたら梃子でも動かない頑固な一面。
それは今から救おうとしている者と類似した点であった。
「じゃあ、深呼吸して」
フランカの一言で、目を閉じて深く息を吸い込み、そして吐く。
「行くわよ!」
勢いよくドアが開かれる。
「おお、そこにいたか……って、あれれ?」
目の前にいる狐耳の少女の後ろで、全力疾走する三人が去っていく。
「逃がす作戦かぁ。悪あがきにもほどがある、美しくない。それよりもっと気に食わないのが……」
フランカをにらむ目は、すべてを凍らせるかのように冷たく貫通する。
「前回も会ったな。確かえぇと……」
「フランカよ。そっちは?」
「僕かい?僕はユスティン。ヴァイアーシュトラス。僕と戦えることを誇りに思ってくれたまえ」
うざったらしいほどの上から目線を皮切りに、砦での戦いが幕を開けた。




