百三十四話 エリクフォルトの砦攻防戦 陸
机に置かれた日が揺れ動く中、二人の男が話し合いをしていた。
戦況についてここの現責任者が定期的に報告させているのだ。
重々しい雰囲気ではあるが、それに物怖じせぬ心は二人とも持っている。
「……です。死傷者も想定の範囲内にとどまっております」
部下と思わしき、若めの男が言った。
しかし上司の反応は薄い。
「そうか」
一言で終わらした男に、普通なら少しの不信感が湧くだろうが、部下の男にその気持ちは一切ない。
だが心配ではあるようで、自分が何かそのつっかかりを取れるのではと思い、口にする。
「ファニクスさん、何か疑問でも?あれば何なりと」
そう呼ばれた男は顎に手を当て考えると、やがて口にする。
「いや、なんでもない」
そんなわけはあるか、と同僚なら言っているところだ。
当然言えるわけもないので、飲み込んでから丁寧な表現に直す。
「隠すことなんてないですよ。バレてるんですから」
朗らかな笑みを浮かべ、ファニクスを諭す。
さすがに折れたようで、徐々に言葉で表していく。
「アスレット、長い付き合いだとこれでもバレるか」
観念したように話し始める。
「初日のことなんだが」
「はい。五日前ですね。それが何か?」
唾を飲み込み覚悟を決める。
「前線を任せた男、ネーフィストのことだが……」
そこでようやくアスレットは気づく。
口を挟まずにファニクスの続きを聞く。
「あいつはいい部下だった。口数は多くないし、飲みにも来やしない。だが年下である俺の力を真っ先に認めた奴だった」
昔話をするように天井を見上げ語る。
「それもあっていつも味方でいてくれた。この地位になりたてのころは幾度と助けられた」
アスレットは聞いて少し嫉妬に似た感情を生む。
年も実力も違えど、立場としては同じファニクスの部下だ。
その人物が自分よりも慕われていると言われているようなもので、アスレットは面白くはなかった。
「それほどのファニクスさんに好かれるなんて羨ましいですね。死してなお語られるとは天国で笑っていることでしょう」
「アスレット、お前もその位置にいることを忘れるな」
予予想だにしていない発言んにアスレットは戸惑った。
「ど、どういう意味でしょう」
「お前は今最も大切にしている部下の一人だ。だから……死ぬなよ」
と、机の上にあった書類をまとめ、ファニクスは部屋を出た。
敬礼したのはファニクスが完全に去ったあとだった。
コツコツと足音が響く静かな廊下。
向かう先は牢屋だ。
この時間ならまだ外で戦闘が行われているはずだ。
あと二日凌げばこの戦いは勝利の形で終わる。
今だ砦の内部までの侵攻はない。
きぃ、と音をたて扉が開かれた。
鉄格子の億には一人の少女が座っている。
「今日も来なかったな」
皮肉めいた一言がアリアスを貫く。
「あと二日だったわよね?」
それだけの期間しか残されていないというのにまだ声には希望が途絶えていないことを証明するだけの力強さが含まれていた。
笑って歯を覗かせる様子にファニクスは不満でしょうがなかった。
「強がりもたいがいにするんだな。どうせここまでこれたからって触れられるわけないんだから」
「言いたいことはそれだけ?飽きもせずにくるわね。そんなことより突破されないために策を練るのほうがよっぽど有意義なんじゃない?」
「くっ……」
思わず冷静さを失いかけたが、そう焦ることもない。
もうこの女は人の温かさなど知ることなどできないのだから。




