百三十三話 エリクフォルトの砦攻防戦 伍
エリクフォルトの砦攻防戦が始まってすでに三日が経とうとしていた。
多くの血が流れ、その日が刻一刻と近づいていた。
帝国の砦を攻めんとする反乱軍側に仮設された医療テントにラーシャとセシリアはいた。
日に日に忙しくなるその中で二人はせかせかと手伝いをしていた。
特にセシリアは普段から人と接していないため、しどろもどろになりながらも健闘していた。
「こっちのけが人を優先してくれー!」
「包帯をこっちにも回してくれッ!」
荒々しく言葉が飛び交う中、ロイとフランカはそこを訪れた。
「ラーシャ、セシリアいる……か?」
テントと外を隔てる布を一枚めくると、そこは戦場の地面を凝縮したような場所だった。
ベッドが足りず、床に寝転ぶ者、痛さのあまり悲鳴を上げる者。
地獄といった言葉が当てはまるところだ。
その場所にいる者全員に共通していることがある。
患者も治療する者も平等に血だらけだということだ。
「うっ……!」
テントに入るとすぐにフランカが鼻を抑え、不快な顔をした。
「おお、気にしないで。血の臭いに敏感なだけだから」
「お、おう」
確かに慣れない臭いではあるが、ロイはそれほどでもない。
人間と狐人の差が顕著に表れた瞬間であった。
少し気分の悪そうなフランカを気遣いながら、二人を探していると、その中にクラインが姿もあった。
向こうのほうが先に気づいていたようで、声をかけてきた。
「おお、お前らか。あいつらに会いに来たのか?」
どうやらここの様子を見に来たらしく、偶然にも出会った。
この悲惨ともいえる状況でも顔色一つ変えずにいつも通り平然としている。
慣れとは恐ろしいものだとロイはつくづく思った。
「そうだけど。忙しそうだいしいいや」
諦めの旨を伝えて去ろうと振り返ってテントを出ようとしたとき、クラインが止めた。
「ちょうどあいつらにも休みを入れようとしてたところだ。伝えといてくれ」
機転を利かせてかはわからないが、クラインの好意を受け取る。
「あそこだ」
指の先には今も兵士を助けようと奮闘する二人の姿があった。
この三日間の成果だろうか、包帯を巻く手つきもずいぶん慣れたものになっている。
ロイたちの接近に気づき、手を止め、て話しかける。
「ロイさんにフランカさん、どうしてここに?」
「様子見だ。クラインが二人に休みを伝えといてくれだとさ」
その言葉を聞き、ほっと胸をなでおろすように安堵の表情を浮かべた。
「外に行きましょうか。ここで話すのも……」
語尾に近づくにつれ、声が小さくなっていった。
「そうだな。いくか」
ラーシャの気持ちを汲み取って話を一旦切り上げる。
野営地からそう遠くない距離に四人は座っていた。
日差しもそれほど強くはなく、小瀬が心地よい。
南では今も戦いが起こっているとは思えないほど爽快な天気である。
それとは対照的に四人の空気は重々しい。
誰も口を開かず、重さばかりが増すだけだ。
耐えきれなくなったロイが口火を切る。
「最終日までもう少しだな」
明るい話題をと模索して言葉にした。
「そうですね」
会話はそれ以上続かない。
半ばむきになる形で次の言葉を口にする。
「アリアスが帰ってきたら驚くだろうな」
三人はぽかんとした顔でロイに視線を送った。
「いやだってさ、いない間にいろんなことがあったから。話すことが山積みだな~」
ロいの楽しそうな雰囲気にその場が次第に明るさを取り戻していく。
「鉱山に行ったり、ロイさんも強くなりましたもんね」
「私会ったことないけどね。どんな人?」
フランカの素朴な質問に数秒考えて答える。
「あれ、魔法が得意で、起こると怖い」
「うん、魔法が得意はわかるけど起こると怖いのはだいたいみんなそうでしょ」
鋭い指摘にロイはぐうの音も出ない。
「アリアスさん起こると怖いんですか?見たことないですけれど」
「そりゃみなさん優等生ですもの。みたことないでしょうとも」
なぜか得意げに語るロイ。
いつしか会話が途絶えることなく、空気の重さも空に溶けてなくなっていた。




