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愚者の復讐  作者: 加賀谷一縷
第三章
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百二十八話 準備

「待ってるからね、ロイ」


 月夜に願う少女がいた。

 明かりは届かないほど高い鉄格子から差す月の明かりだけだ。

 ひどく寒く、遮られた空間。

 牢は頑丈で何かの結界があるのか、魔法での破壊も一切意味を成さない。


「あいつは来ない」


 この場に似つかわしい冷酷な言葉だ。

 ファニクスはすべてを見通しているように言った。


「どうせまた殺し損なったんでしょ?見てなくてもわかるわ」


 ロイはきっとあのあと逃げ切った。

 確証はない。

 信じるほかない。


「……まあいい。今度会えば必ず殺す。お前の目の前でな」

「逆に殺されないように気を付けといたほうがいいわよ」

「今からでもお前を殺せるんだぞ」

「でもしない理由があるんでしょ。でなかったら囚えておく必要なんかないもの」


 この状況ですら気丈に振る舞うアリアスに対し、ファニクスは静かな怒りを覚えた。


「もういい。次にここに来るときにあいつの首と一緒にきてやるからな」

「その言葉覚えておきなさいよ」


 舌打ちをしたのち、ファニクスは牢を出て行った。

 足音も聞こえなくなるほどになったあと、アリアスの顔は曇る。


「きっと……来るよね?」


 アリアスの言葉は冷たい夜の中へと消えていった。



 何人もの屈強そうな男たちがせっせと、荷物を運び、テントを組み立て、せかせかと汗水たらして働いている。

 ここは偵察に来たときに降り立ったところより少し北にあるクラウディウス平野だ。

 そこへ滞在するためのキャンプ地を整えているところだ。

 もちろんロイも手伝っている。

 あっちこっちに走りまわされすでにへとへとだ。


「あ~、いつまでやりゃいいんだ!?」


 心の叫びもむなしく消えていく。


「だったらこっちにこい」


 呼んだのはクラインだ。

 手招きが救いのてに見える。

 つられるように歩いていくとラーシャ、セシリアそしてフランカがいた。

 男はテントや荷物運びといった力仕事、女は食事の手配や医療といった作業に分かれている。


「これから改めて作戦を確認する」

「おう」

「まず期間だが一週間と規定がある。問題はいつ攻めるかだ」


 攻める、というのはどのタイミングでアリアスを助けに行くかということだ。


「最初は向うも兵力はある。だから崩しにくいし、アリアスがいる場所まで到達も難しい。だから最終日にする」

「……」


 ロイとしては一刻も早く助けに行きたい気持ちでいっぱいだ。

 それは他の者も同じだ。


「言いたいことはわかる。だがこちらも相当な人の命を預かってる。我慢してくれ」

「わかってる」


 アリアスを思うとやるせない。


「心配ですよね。私もです。絶対助けましょうね」


 ラーシャの声に熱がこもる。

 連れてきてのは自分という重責があると考えている。

 それをはたさなければならないと。


「よし、開戦は午後からだ。それまでしっかり飯食って準備しとけよ」

「ああ!」


 ロイの返事が響き渡った。



 解散後フランカにあるものを手渡すため残ってもらった。


「これ、できたぞ」


 そう言って細身のナイフを出す。


「あ、軽いこれ。中身は……」


 鞘から抜き取ると、現れたのは茜色の剣身だった。

 おもわず目を丸くする。


「ってことは俺のも……」


 急いで懐から取り出して、確認する。


「やっぱり同じだ」

「宝石みたい」


 的確な表現であるとロいは思った。

 しかしこのような色が本当に世界で二番目に硬いか疑いがかかる。


「これもし本番でぽっきり折れるなんてこと……ないわよね?」

「……たぶん」


 このままでは武器を信用できないとロイは提案した。


「一回鍔迫り合いしてみないか?」

「まあいいけど」


 二人は構え、そして切りかかる。

 少しでも間違えれば相手を傷つけてしまう。

 見事に二つが重なり合った。

 まったくびくともしないナイフを見て、ロイは言葉を漏らす。


「大丈夫だ。これならいける」


 手を通して伝わってきたものをロイは感じた。

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