百二十五話 砦の偵察⑦
自然と銃を構える。
その仕草に驚いた表情を見せる。
「ほう。これが噂の。間近でじっくりと見たいものだな」
「だったら殺して奪い取ってみろ」
「人は殺したくないなぁ。自分の手は綺麗なほうがいいだろ?」
さらっと屑発言をするが、あまりの清々しさにそこまでの不快感はなかった。
「どこのだれだか知らねぇが力尽くで通らせてもらうぜ。魔法使い!」
「はいはい、かかっておいで。地面に突っ伏させてやるから」
挑発に乗るように弾丸を放つ。
赤の魔法陣が展開、同色の弾が、ユスティンめがけて駆ける。
「なんだ銃使えるから期待したのに……これでは欠伸が出てしまうよ」
当てが外れたように言い捨て、魔法を唱える。
「失意の忘却」
黒い霧のようなものがロイをつつむ。
「な、なんだこれ」
「攻撃はこれで終わかい?残念だなぁ」
「やっすい挑発嫌いじゃないぜ」
そのすました顔に冷や汗をかかしてやろうと引き金を引く。
しかしかかすどころかかかされる事態となっていた。
「弾が……出ねぇ……!?」
「そう。キミは今攻撃手段を忘れたんだよ。さて、爪、牙を抜かれた猛獣は果たしてどう攻めるか……?気になるだろう?」
研究者も呆れるほどの探求心といえよう。
だがロイからすれば死活問題だ。
ナイフもない、銃も封じられたとなれば残る攻撃手段は二つだ。
「うおおおおおっ!」
一つは近接だ。
相手は装備がない。
だとしたら勝ち目はあると見た。
握りこぶしを作り、ユスティンへと突進する。
「甘いよ。失意の忘却」
途端、またあの黒い霧がロイを包む。
急に足がもつれ、ユスティンの元へたどり着くことなく地面に倒れた。
「だから言ったよね?一龍の魔法使いだって」
「龍?なんだそれ」
「龍だよ。空を自由に飛ぶ」
「あれがどうしたんだ?」
追撃する様子もなく、話す。
「それの子孫なんだ、ボクは」
「はぁ?」
「そうそう。だいたいどこに行ってもその反応なんだよね。もう慣れちゃったけど。でも安心して。ボクはキミみたいな哀れな人でも分け隔てなく接することのできる心優しい龍族だから」
「へぇ、龍族なんてあんのか。おしいな、もうちょい龍のままでいてくれたら翼龍だったってのに」
それを聞いてユスティンの肩は震えだした。
「うるさい!ボクは龍族であってあんな野蛮なゴミとは違う!」
激高しているユスティンは一気に殺気を帯びる。
「いくら年下とはいえここは闘いの場だ。そろそろ殺してもいいかな?」
「おいおい、さっきと言ってること真逆じゃねぇか」
「黙れっ!殺すのはボクじゃない。魔法だ!だからセーフなんだ!」
かなりの無茶を押し通そうとする。
「あれ、かなりイってるわね。でも気を付けたほうがいいと思うわ。あの魔法かなり難しい魔法よ」
「へぇ、銃も使えねぇ。走れもしねぇ。だったらこっちも魔法だ」
「勝てるかしらね?」
余裕のないのは心から伝わる。
相手はかなりの強敵だ。
魔法でやりあっても勝てる見込みはゼロに等しい。
「焼き尽くす焔!」
「削り落とす津波」
炎がユスティンへと到達する前に、現れた巨大な水の壁によってのみ込まれてしまった。
「くそっ」
「弱い!甘い!遅い!軽い!拙い!すべてがなっていないよ!魔法はこうするんだ!死角からの猛威」
もはや避けることは不可能だと、諦めかけたとき、一陣の風を纏いて一人がロイを担ぎ上げて間合いを取った。
ロイが立っていた場所にはおおきなくぼみができていた。
まともにくらっていれば死んでいたかもしれない。
一瞬の出来事で、ユスティンも冷静にならざるを得なかった。
勝ち誇った顔で自慢げに言う。
「どう?まさかもどってくるとは思わなかったでしょ?」
「フランカ!?どうして……てか降ろしてくれ」
案外力持ちであることにもびっくりだが、ここに来たことのほうが驚きは強い。
「どーせ困ってどうにもできない状況に立たされてるからって来てやったのよ」
「ちょっと鼻につくけど感謝するぜ」
「で、あいつに苦戦してたってわけ?」
「そうだ」
フランカはユスティンに目をやる。
何かを感じ取ったらしく、先ほどまでの口調とは異なる、低めのトーンで言う。
「あいつ、相当できるみたいね」
「俺が苦労する理由もわかっただろ?」
目を離せばやられてもおかしくないと思わせるほどだ。
「あ~あ、やめたやめた」
「え?」
かと思えば腑抜けするようななんともだらけたように言った。
「興が逸れた。邪魔が入ったんじゃ、もういいよ。好きなところへ行ってしまえ」
言うとユスティンはロイの横を通過していく。
油断させて攻撃をたたき込む作戦でもないらしい。
「え?帰っていいの?」
「ああ、好きにしろ。じゃあな」
振り向くことなく手を振って別れを告げた。
「と、とりあえず気が変わらないうちに行くか」
「なんか助けに来て損した気分だわ」
と前に進もうとして、止める。
「あのフランカ?」
「なによ」
「魔法で走れないんだ。だから……」
「本当に私こんな奴に助けられたの?」
愚痴をこぼしながらも砦の外まで運んでくれた。
外はすっかり昼になっていた。
まぶしいほどに太陽の光が差す。
早朝に入った入り口から出ると、ラーシャとセシリアが腰を下ろしてまっていた。
ロイの姿が見えると、立ち上がって駆け寄る。
「ロイさん、無事でしたか」
ほっと胸をなでおろすラーシャ。
「おう。なんんとかな」
ラーシャはロイの身体に傷一つないことを確認して喜びの声を上げた。
「よかったです。いらない心配でしたね。さあ、帰りましょう」
「そうだな。アリアスに会った話もしたいし」
「え!本当ですか!?詳しく聞きたいです」
目を輝かせるラーシャをセシリアが引っ張る。
くちでは語らずとも目はものを言っていた、早く帰りたいと。
「そうね。さて行きましょうか。」
「だな……はぁ、クラインに報告すんのいやだなぁ」
それよりもまずは翼龍が待っていることをロイはすっかり忘れていた。




