百二十四話 砦の偵察⑥
振り返らずにはいられなかった。
その時だけはここが敵地であるとか、追われているなど頭から完全に抜け落ちていた。
「アリアス……!」
鉄格子の向こう、囚われの身だが、変わらない姿がそこにあった。
「ロイ……遅いじゃない」
拍子抜けするほど明るく、また普段の会話だった。
それでもロイは嬉しかった。
思わず顔がほころぶ。
「その言い方はねぇだろ」
「もう少し早いかなぁ~って思ってたけど」
「こっちもいろいろあったんだぜ!?話したいこともたくさ……」
またあの足音だ。
しらみつぶしに探しているようで、徐々に近くの扉があく音がする。
「くそっ、いま出すからな」
「無理よ。私の魔法でも壊せなかった特別仕様よ。その銃にそれ以上の威力が出せるならいいけど……」
せっかくこうして会えたのにまた離れなければならないと、悟った。
「私は殺されないと思うけどロイは違うでしょ?それに前に言ってた精?の説明もされてないし。とにかく逃げて」
「……すまない」
「謝る必要はないわ。また助けにきてくれるんでしょ?」
笑顔を絶やさないアリアスが強く見えた。
「もちろんだ!」
力強く応答して、背を向けた。
「帰ったらいなかった間に起きたこと全部話すから……」
「ん……楽しみにしてる」
アリアスのしとやかな声が切なく感じた。
「じゃ」
ロイは破壊する勢いで扉を開け、走り出した。
「貴様ッ!そこにいたのか!」
呼び声を無視して長い廊下をただ走る。
だがファニクスは追いかけようとはしなかった。
「なんでいかなかったの~?」
「知ってるだろ。人が悪いな」
「そうねぇ~。足が遅いからよねぇ~」
「……」
少し口をまげてから言う。
「大丈夫だ。とある方がいる。ちょうど視察に来られてたからな」
「へぇ、それは誰なの?」
「十三史院の一人であるユスティン議員だ」
どれほど走っただろうか。
蛇行するようによろよろになりながらも走り続けた。
「もう来ないんじゃないの?」
クロエが心配そうに声をかけると、足を止めた。
膝に手をつき、せき込みながら呼吸する。
「柄にもなくやけくそになって走るからよ」
「……」
汗が滴る感覚が嫌になり、手で拭う。
「やあ、君かい?ボクがいるっていうのに入り込んだ迷子は?」
これから逃げようとしていた先から現れたのは、すらっと背の高い紫色の少し長い髪の男だった。
「誰だ?」
睨むようにその男を見る。
「ボクかい?ボクはねぇ、ユスティン・ヴァイアーシュトラス。この名前を覚えておいてくれたまえ。数年後には誰もが知ってる裏の支配者さ!」
明るい声色で自分を売り込む。
「誰もが知ってたら裏じゃねぇだろ」
「ほう。確かにそうだな。じゃあ表裏の支配者。これでどうだ?」
妙案を思いついたように語りかける。
「んなことはどうでもいい。邪魔だから通してもらうぞ」
「いやいや、少しキミとは遊びたいね。ここまで潜り込んだ哀れな少年よ」
「でも武器がないぞ。どう戦うっていうんだ?」
「武器?そんな品のないものには頼らないよ。僕は一流、いや一龍の魔法使いだからね」
その目は本気以外のなにものでもなかった。
燃えるような深紅の目はしっかりとこちらを捉えていた。




