百二十一話 砦の偵察③
「それって……!?」
「そうよ!私も皇帝の血を引いてるの!だ・け・ど……」
終わりにつれ、声のトーンが下がっていく。
「小さいときになんか知んないけどポイってされたから、ほら、ヴァルフガングが抜けてるでしょ?」
「いや、知らねーけど」
「でもでもおかしくない?皇帝の血が混じってるってのに私だけのけものなんて」
こちらに語り掛けるように言った。
それは説得力というか、とにかく感情が揺さぶられる感覚に陥るほどのものがあった。
「だからね?すべてをぶっ壊しちゃおう、って」
「すべて?」
「そうすべて!帝国も連邦も宗教も人も獣人族も生きてる奴も死んでる奴もみ~んな!」
ナターシャの目は大きく見開いている。
まるでこのときを待ちわびていたようだ。
「だからってなんでここにつれてきた?俺たちは」
「関係ない?わけないじゃん!お前らだって人で生きてて、しかもそっちの二人は正統な皇帝の娘。壊す理由なんてありすぎよ!」
「ナ、ナターシャさん?」
ラーシャが呼びかけると、それまでの楽しそうな声色は一転、獰猛な獣のごとく食いかかる。
「あんただけには呼ばれたくないわ!」
その怒号でセシリアはラーシャの後ろに隠れた。
「な、なぜですか?」
「私とあんたって名前が似てるわよね~」
「え?」
ラーシャは戸惑いを隠せない。
ラーシャとナターシャ、似ているといえば確かに似ている。
「ねえねえ、皇帝の娘はどうだった~?さぞ優雅に高貴で華麗で上品な生活だったんでしょ~?」
「……」
「それに比べてこっちは目も当てられたもんじゃないわ。だからこうしていられるんだけどね」
「ナターシャさん!」
ラーシャは手を差し伸べようとする。
その行動はどのような意味をもたらすのかは明白だった。
「動くな。呼ぶなつってんだろ?」
どすの利いた声でおどす。
手にはロイの持っている銃どころか、ファニクスが持っていた銃よりもさらに小さい銃が握られていた。
「これがなんだかわかる?ってわかるわよね~。所持者いるんだもん」
「銃だろ。精もいるんだろ?」
「話が早いと助かるわ。じゃ、挨拶して?ラルモア」
するとナターシャの隣に現れたのは、やせ形の男だった。
真朱の髪はナターシャととてもよく似ている。
ラルモアと呼ばれた精は、あまり覇気が感じられないようなしゃべり方で言う。
「略すなって言ったろ……俺の名前は」
「はいはいラルモアヤント。あっちを見なさい」
じろっとこちらを見る。
なんとも不快だが、ラルモアヤントも同意見のようだ。
「あらぁ、クロエルローラだったか」
名前を呼ばれ、クロエが可視状態となって現れた。
「ラルモアヤントねぇ。いい意味でも悪い意味でも記憶にないわ」
不機嫌そうに言い捨てた。
「そいつはよかった。忘れられてるほうが楽だ」
精同士の会話にしびれを切らしたのか、ナターシャが割って入る。
「そんあ世間話はどーでもいいの!」
ラーシャとセシリアはなにがなんやら理解できていない表情だ。
「あ、あのこれは?」
「あ、えぇと、帰ったら話す」
説明する相手が増えたな、とロイは思う。
「さあて、無事に帰れるかしら!?」
それまでラーシャに向けていた銃を、ロイへと変え放つ。
「うわっ!」
間一髪よけると、すぐさまナターシャは距離を詰める。
「いい?これから元秘書が特別授業を開講しま~す!」
遊興にふけるように戦闘が始まった。
ナターシャは腰に差していた小刀を素早く握って、居合のような形で攻撃する。
「くっそ!」
それを銃で受け止める。
頑丈に作られていることに心底感謝しつつ、不思議に思った。
ロイが銃を放つ場合、魔法陣が展開され、色のついた弾が発射される。
しかしナターシャが放ったとき、魔法陣は展開されなかった。
弾は黒色だった。
これが何を意味するか、次弾は色が変わるのか、見極めなければならない。
「はい、残念。銃があることを忘れてはいけません!」
小刀と銃が接触するほどの距離だ。
避けることは難しい。
せめてもと、身体をひねって、少しでも致命傷にならないようにとする。
「水壁!」
ナターシャの銃とロイの間に薄い膜のようなものが現れた。
放たれた弾丸はそれに触れた瞬間、急激にスピードが落ち、ついにロイに届くことなく消滅した。
「私がいることもわ捨ててはいけません」
唱えたのはラーシャだった。
ナターシャはラーシャを血走った眼でにらむ。
「そんなに先に壊されたいの?仕方ないわね。静かなる爆発」
無音だが、激しい爆風をみまいながらラーシャを中心としたばくはつが起こった。
「ラーシャ!」
名前を呼ぶも返事はない。
「ははっ!楯突くからそうなるのよ」
「……てめぇ!」
爆風ががおさまると、ラーシャとセシリアは全くの無傷で立っていた。
「……正方形の防壁」
よく見ると、ラーシャとセシリアの周りが白くぼやけて見える。
セシリアの魔法で作り出したそれによって守られていたのだ。
「ちっ、しぶといわねぇ……」
呆れるように言うナターシャに対し、ロイは怒りを覚えた。
それは表情に表れ、気づいたナターシャは挑発的な態度を取った。
「へぇ、だったらもっとしちゃおうかな~?」
何かを企んでいるような目つきで笑った。




