百十九話 砦の偵察①
前方2キロメートルのところにそれはあった。
横長の要塞ともいえる外見を持ち、そそり立つ壁はちょっとやそっとでは崩れそうにないほどに頑丈そうだ。
「あの中に入るのか」
ロイたちは今敵に発見されない程度に距離を取った位置にいる。
イェーリンの指示だ。
「そうです。現時間四時、侵入を開始します」
日はまだ昇ってすらいないくらい時間だ。
少しでも早いほうが敵も少ないというイェーリンの考えに基づくもので、この時間となった。
イェーリンはそう言うと腰まで伸びたオレンジ色の髪を後ろで一つを束ね、左側にある山脈を行く。
それが彼女の戦闘態勢に入った合図である。
ロイたちもそれに付いて歩く。
クラインの命令を受けた三日後に作戦は決行された。
ここまでくるには、まず翼龍で離れた場所に降りて、そこから歩いていく。
暗闇の中を歩くため、ロイが魔法で炎をを照らしていたのだ。
「……寒い」
身体を震わせて小さい声で言った。
ここは帝国領であるため、気候も少し違う。
温度の差が激しいオルトルート連邦とは反対で、一年を通して変わらない。
だからこのような早朝などは冷え込むのだ。
「ほら」
ロイは来ていた服をセシリアに掛ける。
「……ありがと……ございます、ロイ様」
「おう」
なんかすりすりしてるけど触れないでおこう。
「なぁんで私も呼ばれたの?」
不機嫌そうにフランカは拗ねた。
「いや、多いほうが楽しいかなぁ~って」
「私があんたに逆らえないのをいいことにこき使うつもり?」
「これも練習だ」
「練習で敵地まで連れて行く立場の人間のことも少しは考えてほしいものですね」
空気が一気に凍る。
なんとかそれを壊そうとロイはイェーリンに話しかける。
「エリクフォルトの砦とは違う方向だけどいいのか?」
「ええ、砦は隣にある山脈と繋がっていていくつか侵入可能な場所があります」
帝国が他国の軍勢を退けるために敷いた防衛線は海から山脈まで続いている。
とてつもない長さだ。
それ故侵攻を許したことのない鉄壁がなされている。
「砦は他国の軍勢を退ける目的で造られたものです。しかし逆を取れば少人数ならつけ入る隙はあります」
「なるほど。それが山脈にある入り口か」
「もともとは逃げ口として作られたものですが、使う人は少ない。そこを狙ったのです」
そう遠くないところにそれはあった。
木々が生い茂る中、静かに佇んでいいる。
「これです」
人ひとりが通れるかというほど小さい入り口だ。
石造りで回りの風景とよく合う古代の遺跡のようなだ。
「行きましょう」
臆することなく先頭を行くイェーリン入っていく。
「行くか」
「ええ、なんだか冒険見たいですね」
微笑むラーシャにイェーリンが言う。
「ここからは慎重に。小さなミスが命取りですから」
ひどく冷静だが、至極当然なことだ。
敵地に入り込んでいるわけで、見つかれば一巻の終わりになるからだ。
薄暗く狭い一本道を通っていく。
ロイが手の上で焚いている火がなければ一寸先も見えぬ状況だ。
闇を行っていると想像以上に体力を消耗する。
先を知っている者が先導しているとはいえ、近くしか見えないのは不安の対象である。
どれくらい歩いたか、時間にすると短いぐらい、だが体感でいうと苦痛になるほど、歩いたところで光が見える。
「あっ」
ラーシャは声を上げる。
「しっ、静かに」
イェーリンが静止した。
「ここで待っていてください。先に見てきますから」
光めがけて素早く、しかし足音は一切立てずに光の下へと駆ける。
「なあ、思ってたんだけどさ、なんで俺らが呼ばれたんだろうな?」
「私はあんたによばれたから知らないけどね」
まだ機嫌はなおってなかったようだ。
「わかりませんね。経験をつませるため、といいましても危険すぎるような気がするんですが……」
なぞは深まるばかりだ。
それにセシリアが言っていたことも思い出された。




