百十話 救いと対価
ディオーレは帝国とは違う。
それは敵関係であるからというだけで信じて疑わなかった。
今考えれば思考停止もいいところだった。
ディオーレや連邦はいい国だ、というつもりは毛頭ないが、帝国よりはましだと認識していた。
しかしここも同じだ。
当然のように差別して区分けをし、当然のように労働力としてしかみない。
結局どこの国も都市も変わりやしない。
わかっていたことなのに逃げいていた自分がいる。
気付いていたはずだ。
責める気すら起きない。
「ねぇ、聞いてるの?」
我に返り、返事をする。
「あ、ああ」
「ほかは?」
「何が?」
「質問じゃない」
そういえば言っていた。
なにを質問しかけていたのか思い出す。
「そうだな。昔のことを話してもこれからが変わるわけじゃないし。これからどうするのか、とか?」
唇を噛む仕草も、膝を抱き上げる仕草もロイの目には映らない。
酷な質問をしたことに気づいていないのだ。
「そんなの、知るわけないじゃない……」
怯えるように身体を震わせる。
会って間もない人物の部屋だけならまだなんとかなる。
だがその人物は自分を捕まえに来た者だ。
気が休まるわけがない。
明日どうなるか、不安でいっぱいだ。
今まで悪事を働いてきたものが――それもディオーレを支える鉱山にしてきた者に対する処罰は、それはひどいものだろう。
鉱山を持っているのは人間だ。
猪人は雇われているにすぎない。
処罰を下すのは人間だ。
「そうだよな。俺もだ」
「あんたも?笑わせないでよ」
フランカには皮肉に聞こえた。
屋根もベッドもある部屋で寝られるのに、明日の心配なんて考えないだろうに、と。
「俺だってけっこう苦労してるとこはあんだぜ?こっちは救わなきゃいけない人がいるってのによ」
「私も救えないのにその人が救えるわけないじゃない」
半分以上やけくそだった。
ちょっとでもこいつの気分を害してやろうと。
「……だったら救ってやるよ」
「え?」
「フランカ……だっけか?どう救われたい?」
言葉につまり、間が開く。
やがてぼそりと漏らすように言う。
「せめて屋根がある家で暮らしたい」
「ふうん、だったらここでもいいわけか?なら話は早い」
ばっと立ち上がると、フランカに向かって宣言した。
「対価だ。そっちが俺に払えるもんは?」
「……」
「ないならこのまま明日あっちに引き渡す。あっちってわかるな?」
こくっと頷く。
「さあ、言ってみろ」
対価、家もなにもない一人の狐人が払えるもの。
「……から」
「俺はそんなもんいらねぇ。俺がほしいのはな、お前だ!」
フランカはびくっとして、頬が赤くなった。
「えっ、えっ、なにいってんの!?」
歳もそう変わらないのは明白だが、それでも出会ってまだ半日も経っていない。
それなのにいつからそんな話に、と疑問を抱かざるを得ない。
「足も速いし、身のこなしも人間をはるかに超す君にしかできないと思ったからだ」
「え、なんの話?それに人間って、狐人の中じゃ普通なのに」
「はいかいいえだ!」
気圧されながらも、声を振り絞る。
「どうせこのまま引き渡されるのだけはいやよ」
「交渉成立でいいか?」
「ちゃんと守ってね」
「そっちこそな」
別の意味で守ってといったのだが、ロイにはうまく伝わらなかったようだ。
「じゃそろそろ寝よう」
「そうね」
欠伸をしつつ答える。
どう足掻いても明日には自分の運命がこの前の男によって決まるのだ。
諦めが心を支配したままフランカは眠った。




