百九話 素性
暗闇でよく見えなかった顔を見る。
とてもよく整った顔立ちだ。
キリッとした目に、高い鼻、その中でも特徴的であるのが歯だ。
獣よりは短いが、人間と比べると長い犬歯がのぞかせている。
「……なに?」
怒りを纏った目線が背筋を凍らせる。
「い、いやなにも」
「もう逃げないから放して」
「あ、ああ」
ロイの手の力が抜け、細い腕がするりと離れる。
すべすべとした感覚が残っている。
本当に逃げる様子はないようで、座り込んだままだ。
次に全身に目をやる。
聞かずにはいられないことがあった。
「靴はどうした?」
「あんなの必要ないわ」
吐き捨てるように言った。
それ以上は口を開くこともなく、扱いを考えるのであった。
「ここに放っておくわけにもいかないしな」
「隠れ家に戻りますか?」
「ラーシャの部屋は……無理か」
セシリアとの二人部屋なので、フランカが入るスペースがない。
かといってアリアスの部屋ではまた逃げられるかもしれない。
悩むロイにラーシャが言う。
「ロイさんの部屋はどうでしょう?}
「えっ、俺?」
「はい、押し付けるようなかたちになって申し訳ないですが」
「おれは いいけど……」
フランカに目をやる。
その話を聞いていて、察したようで言葉には出さないながらにも小さく頷いている。
「まあ、いいか。早く帰ろう。寒さで手先の感覚がなくなってきた」
白い息を吐いて身を震わせているのはロイだけではなかった。
隠れ家に着くと、こそこそと足音一つたてないように、慎重に歩いた。
夜遅くに出歩いて、しかも人間以外の種族を連れ込んだなど知られたら、悪いうわさが広がると判断したからだ。
部屋に入ると、ロイはフランカにベッドで寝るように指示した。
しかいフランカは驚いたような表情をしている。
「私が?そっちはどこで寝るのよ?」
「あ~、俺か。俺は床でも寝るよ」
「そ、そう」
言うと遠慮しがちにベッドへと腰をかけた。
「質問なんだけどさぁ」
ロイは許可を求めるように前置きをした。
それに対し、フランカは応答する。
「何?」
了解の意を表す返事だ。
そこでロイは床にごろんと寝転び、銃を壁に立てかけて、いくつかの疑問を投げる。
「まず一つ目は、なんで盗みなんかやってたのかってこと」
「生きるため」
即答した。
それ以外ないだろう。
「どうやってここに?」
ディオーレのインフラは今のところ翼龍しかない。
それに乗るには、ある程度の金が必要だ。
彼女にそれがあるとは思えない。
渋って答えようとしない。
言いたくいないことでもあるのだろうか。
「別に無理に言う必要はない。じゃ次なんだけど」
「娼婦……よ」
なんて返せばいいかわからなかった。
フランカはロイが困惑しているのをよそに淡々と話す。
「知らない?私の種族は狐人っていうんだけど、その仕事に就くのが多いの。獣人族は安いからね。中でも狐人はほかの種族より整った顔立ちが多いから、たぶん人間様もそれをわかって雇ってるんだけど」
天井を見上げているロイでも、フランカの声が震えているのがわかった。
そのくせ嫌味ったらしく様をつける。
なおも話そうとするフランカをとめる方法をロイは持ち合わせていない。
「私も例外なくそのうちの一人。ここへ連れてこられたってわけ。でも私は言われてはいそうですかってあっさり認めるほど素直じゃないわ。ここに着いた晩に速攻逃げてやったわ」
得意そうに語る。
見てはいないがきっとその顔も勝ち誇った表情なのだろう。
「それで日銭を稼いで今までやってきた。それだけよ」
言い終わるとまた、俯き暗い顔へと戻った。
「あんたとんでもないの持って帰ってきたわね……」
クロエの言葉が突き刺さる。
いつになく低いトーンで言うクロエに、ロイはただ手で目を覆うばかりだった。




