百八話 犯人の正体
「あ~、退屈だ」
夜風が吹く中、三人は鉱山の陰で息を潜めていた。
「しっ、バレてしまいますよ」
「いやわかってるけどさ、さむっ」
ぶるぶると身体を震わす。
なぜ夜中にもなって鉱山にいるかというと、ここで働いている猪人の長に頼まれたからだ。
夜中に備品や採掘して置いておいた鉱石を盗んでいく輩がいると。
そしてそれを捕まえれば、約束のヴァイスロートと交換できるというわけだ。
目的のためならとこうして張り込んでいるわけなのだが、いかんせん寒い。
冬であるだけでも寒いのに、夜中もいいところ。
火を焚くのも盗っ人にバレるためできない。
そんなことおしないでも暗さに目が慣れ、外の月明りだけでも周りを確認できるようになっていた。
鼻水をすすりながら待つしかないのだ。
「あんたもマジメよね。その子悪党のほうがよっぽど賢いわ」
(賢くても盗みはダメだろ)
「……案外まともなこと言うのやめてくれる?」
(まともなこと言って悪かったな!)
声には出さないでも、表情にはきちんと出ていた。
「ど、どうされましたか?」
「い、いや、なんでもない」
「そうですか。体調が悪い時は言ってくださいね?」
「うん、ありがとう」
危うく変な人と思われそうになった。
自分の中では少なくとも上司芹¥迅だと思っているロイは、体裁を気にした。
それはクロエにも筒抜けだ。
「どこがよ」
(一番言われたくない人物の一人にそう言われるとは)
「ケンカ売ってんの!?」
(すみません、僕が悪いです)
頬をふくらまして、拗ねるクロエ。
また後でどうにかしないと。
可視状態を解いて、消える。
「あ、あれは?」
ラーシャが疑問の声を上げた。
目線をやる先に、動く人影が見える。
「あれかもしれない。ここの猪人は夜は絶対に来ないって言ってたし」
なおも観察を続ける。
どうやら半円の落とし格子の前で何かしているらしい。
内側から見ていると、それはこちら側へ近づいてきているように感じた。
「あれっぽいな」
「ですね。どうします?」
「奥まできたところをがっちりだ」
「わかりました」
息を潜めそのときを待つ。
呼吸の音さえうるさい。
いっそ鼓動の音さえも伝わりそうだ。
ロイがいつ動くかを明確にするため、指でカウントする。
五から始まり、一が示された次の瞬間、全員で逃げ道を塞ぐ。
前に進めば鉱山の奥深くへと行くだけだ。
「残念だったな。子悪党。お前の泥棒生活も……ん?」
犯人はロイの想像と違っていた。
鉱山に入り込むぐらいだから、大柄の男、もしくは何人かでの行動だと、勝手に思っていた。
ところが、目の前にいるのは、少女で、しかも頭に二つの耳を持っていた。
その耳はどこか動物を彷彿とさせる尖った形状をしている。
悪事を働いていたことを忘れ、イタズラがバレた子供みたいな顔をしている侵入者に質問する。
「その耳まさか」
質問が終わるより先に動いた。
目にもとまらぬ速さで、ロイとラーシャの間を通る。
気付いて振り返ったときには、すでに半円の落とし格子の前までいた。
セシリアは打てば響く速さで、魔法を唱えた。
「光壁」
逃げようとしていたそれの行く手を、白い光の壁が妨害した。
「くぅ……!」
あまりの光に思わず手で目を覆っている。
この暗闇に目が慣れているからこそ、急な光はなお強く感じる。
その隙にロイは走り出し、腕をがっしりと掴む。
「今度は逃がさないぜ」
「くっ……」
諦めたのか、力がふっと抜けたように地面に座り込む。
少女はみすぼらしい最低限の服装に、裸足だった。
その恰好で鉱山にくるのは危険極まりないが、幸運なことに出血はしていない、それどころか傷一つついてはいないようだ。
「さてまず名前を聞こうか」
ロイの言葉に最初は口をへの字に曲げたものの、ゆっくりと答える。
「フランカ……」
目は涙で充血していた。




