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愚者の復讐  作者: 加賀谷一縷
第三章
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百七話 猪人(エーバー)の頼み

 ラーシャが驚くのも無理はなかった。

 ディオーレの町では、獣人族ベスティエなど一人として見かけなかったからだ。

 猪人エーバーであればその体格、狼人ヴォルフ狐人フクス猫人カッツェであれば、耳や尻尾といった外見的特徴が目印となり、発見も容易い。

 見落とすなんて可能性も少しはあるかもしれないが、猪人エーバーに限ってはないだろう。


「よく知ってんなぁ、お嬢ちゃん」

「い、いえ。失礼しました。街中では見かけなかったもので……」

「……まあいい。ここに何しに来た?就職かぁ?」

「冗談だろ?ヴァイスロートをもらいに来た」


 ほぉ、と声をあげる猪人エーバー


「舐めてんのかぁ?こっちは仕事なんだよ」

「そこをなんとか」

「ダメだ。帰れ」


 断固として拒否する。

 こっちにも金があれば買えたかもしれないが、そんな資金力は有していない。

 金がない時の交渉方法は限られている。

 その中でも最も原始的、かつシンプルな手段ロイは取った。


「そうか、じゃあこうしよう。そっちの欲しいものを言ってくれ。交換といこう」


 これには作業員の猪人エーバーも少し考える。

 もともと知能はあまり高くないのが猪人エーバーだ。

 ツルハシを後ろへ放り投げ、腕を組み思考する。

 1,2分の沈黙のあと、口を開く。


「交渉たぁ上手い。だが俺は一般の作業員に過ぎねぇ。奥にここを仕切ってる奴がいる。案内してやろうか?」

「頼む」


 自分の裁量の範疇を超えると判断した猪人エーバーはそう答えた。

 賢明な判断ではあるが、ロイ側からすると、次の交渉相手がわからないため、やや不安であった。

 奥に進むにつれ、暗くなっていく。

 差し込む太陽の光が届かないのだ。

 ずんずんと進む猪人エーバーを先頭に、横一列でついていく。

 そして振り向くことなく、話し始める。


「ここ来て始めに会ったのが獣人族ベスティエでビビったかぁ?」

「ま、ビビったのは間違いないけど、案外人間と変わんねぇな」

「はは、そうかい。俺に対してそんなことを抜かした奴ぁ初めてだ」

「少なくとも俺が見てきた中ではだけどな」


 大笑いする理由がわからなかったが、妥当であろう言葉を選んだ。

 ロイは獣人族ベスティエと対峙して会話するのは初めてであった。

 戦場でしか見たことのない種族が、ここで働いていることに多少の違和感がある。

 口に収まらないほど大きい牙が、より一層醜さを際立たさている。

 普通の人が見れば、恐れおののくのも無理はないだろう。


「ここはなぁ、俺ら種族の唯一の仕事場といっていいところだ。もちろん町になんか行けねぇ」

「一人でやってるわけじゃないんだろ?なのにどこに住んでんだ?」

「この山の裏だ。誰も寄っちゃこねぇし、案外快適だぜ」

「裏はそうなってんのか」


 しかしここりに引っかかるものがある。

 隔離、ともとれる住居の区分けだ。

 そこまでする必要がわからなかった。


「この街にはほかにも種族がいるぞ。夜にでも出歩いてみるんだな」


 不敵な笑いを浮かべる猪人エーバー


「?そうしてみる」


 夜か、暇があったら行ってみよう。

 そんな会話をしてると、話し声が奥から聞こえてくる。


「さあ、着いた。交渉でもなんでもしな」

「お、おう……」


 そこには何人もの猪人エーバーが採掘していた。

 そこへ一人の、大柄の猪人エーバーが目の前に来る。


「おい、アーロ、そいつらは?」

「なんでもヴァイスロートを少しばかり分けてほしいみたいで」

「ほう、いい度胸だ」


 値踏みするようにロイら三人を見る。

 ぶるるっ、と音を鳴らし、首を振った。


「どうも交渉したいみたいで」

「お前がつれてくるぐらいだ。聞いてやろう」


 どっしりと腕を組んで構える。


「そいつの言ったとおりだ。ヴァイスロートがほしい。そっちの要求を言ってくれれば応える」

「ほう。要求とな……」


 天井を見上げ、眉間にしわを寄せる。


「特にない……と言いたいが、一つ問題がある」

「おっ、言ってくれ」

「でもお前らみたいな軟弱そうなやつらに頼めるかぁ?」

「いや大丈夫だって!」


 食い下がるわけにもいかない。

 必死に承諾を願う。


「まあ、いい。どうせ解決するかわからん問題だからな」

「それはなんだ?」

「いやなに、ちょっとした子悪党退治だ」

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