百七話 猪人(エーバー)の頼み
ラーシャが驚くのも無理はなかった。
ディオーレの町では、獣人族など一人として見かけなかったからだ。
猪人であればその体格、狼人、狐人、猫人であれば、耳や尻尾といった外見的特徴が目印となり、発見も容易い。
見落とすなんて可能性も少しはあるかもしれないが、猪人に限ってはないだろう。
「よく知ってんなぁ、お嬢ちゃん」
「い、いえ。失礼しました。街中では見かけなかったもので……」
「……まあいい。ここに何しに来た?就職かぁ?」
「冗談だろ?ヴァイスロートをもらいに来た」
ほぉ、と声をあげる猪人。
「舐めてんのかぁ?こっちは仕事なんだよ」
「そこをなんとか」
「ダメだ。帰れ」
断固として拒否する。
こっちにも金があれば買えたかもしれないが、そんな資金力は有していない。
金がない時の交渉方法は限られている。
その中でも最も原始的、かつシンプルな手段ロイは取った。
「そうか、じゃあこうしよう。そっちの欲しいものを言ってくれ。交換といこう」
これには作業員の猪人も少し考える。
もともと知能はあまり高くないのが猪人だ。
ツルハシを後ろへ放り投げ、腕を組み思考する。
1,2分の沈黙のあと、口を開く。
「交渉たぁ上手い。だが俺は一般の作業員に過ぎねぇ。奥にここを仕切ってる奴がいる。案内してやろうか?」
「頼む」
自分の裁量の範疇を超えると判断した猪人はそう答えた。
賢明な判断ではあるが、ロイ側からすると、次の交渉相手がわからないため、やや不安であった。
奥に進むにつれ、暗くなっていく。
差し込む太陽の光が届かないのだ。
ずんずんと進む猪人を先頭に、横一列でついていく。
そして振り向くことなく、話し始める。
「ここ来て始めに会ったのが獣人族でビビったかぁ?」
「ま、ビビったのは間違いないけど、案外人間と変わんねぇな」
「はは、そうかい。俺に対してそんなことを抜かした奴ぁ初めてだ」
「少なくとも俺が見てきた中ではだけどな」
大笑いする理由がわからなかったが、妥当であろう言葉を選んだ。
ロイは獣人族と対峙して会話するのは初めてであった。
戦場でしか見たことのない種族が、ここで働いていることに多少の違和感がある。
口に収まらないほど大きい牙が、より一層醜さを際立たさている。
普通の人が見れば、恐れおののくのも無理はないだろう。
「ここはなぁ、俺ら種族の唯一の仕事場といっていいところだ。もちろん町になんか行けねぇ」
「一人でやってるわけじゃないんだろ?なのにどこに住んでんだ?」
「この山の裏だ。誰も寄っちゃこねぇし、案外快適だぜ」
「裏はそうなってんのか」
しかしここりに引っかかるものがある。
隔離、ともとれる住居の区分けだ。
そこまでする必要がわからなかった。
「この街にはほかにも種族がいるぞ。夜にでも出歩いてみるんだな」
不敵な笑いを浮かべる猪人。
「?そうしてみる」
夜か、暇があったら行ってみよう。
そんな会話をしてると、話し声が奥から聞こえてくる。
「さあ、着いた。交渉でもなんでもしな」
「お、おう……」
そこには何人もの猪人が採掘していた。
そこへ一人の、大柄の猪人が目の前に来る。
「おい、アーロ、そいつらは?」
「なんでもヴァイスロートを少しばかり分けてほしいみたいで」
「ほう、いい度胸だ」
値踏みするようにロイら三人を見る。
ぶるるっ、と音を鳴らし、首を振った。
「どうも交渉したいみたいで」
「お前がつれてくるぐらいだ。聞いてやろう」
どっしりと腕を組んで構える。
「そいつの言ったとおりだ。ヴァイスロートがほしい。そっちの要求を言ってくれれば応える」
「ほう。要求とな……」
天井を見上げ、眉間にしわを寄せる。
「特にない……と言いたいが、一つ問題がある」
「おっ、言ってくれ」
「でもお前らみたいな軟弱そうなやつらに頼めるかぁ?」
「いや大丈夫だって!」
食い下がるわけにもいかない。
必死に承諾を願う。
「まあ、いい。どうせ解決するかわからん問題だからな」
「それはなんだ?」
「いやなに、ちょっとした子悪党退治だ」




