九話 魔遺物さんとの接し方
俺は幻覚を見ているに違いない。
ここ最近いろいろあって疲れているからな。
なぜなら空中を漂っているちょっと上から目線の少女が話しかけてくるはずがない。
「あんた何ぼーっとしてんのよ。それでも主?」
「え~と、くろ、くら、君幻覚?」
「クロエルローラよ!ちゃんと覚えなさい。っていうか幻覚じゃないわ!現実よ!」
やけにうるさい幻覚だな。
「略してクロロ、どこから出てきたの?」
「普通略すならクロエとかでしょ!ふざけないで!」
幻覚に怒られてしまった。
「で、この状況は何?」
「ふふん。全くわかっていないようね。いいわ。教えてあげる」
クロエは棒のような何かを指し、微笑んだ。
「あんたはこれの持ち主に選ばれたのよ」
「これって……白い棒か?」
「これは魔遺物。れっきとした武器よ」
武器といっても攻撃の威力は低く、せいぜい子供の喧嘩とかにしか使えなさそうだ。
ほけ~っとした顔をするロイ。
「これの凄さがわか」
「ロイ!何してんの!早くクラインを追うわよ」
話の途中で入ってきたのはロイを探していたアリアスだった。
クロエは不機嫌そうに顔をアリアスから背けた。
「いや、こいつが何か言ってきてさ」
天井近くにいるクロエを指す。
「はあ?どこにも誰もいないわよ。幻覚でも見てたんじゃない?」
もう一度クロエがいた所を見る。
確かにいる。
どう見ても、目をこすっても、首を振ってもそこにいるのだ。
「どお?これでわかったでしょ?あたしはあんたにしか見えない」
全てわかりきっていた表情を浮かべるクロエ。
「さっさといくわよ」
「ああ、行こう……」
事態を呑み込めないロイをアリアスは急かした。
アリアスには今ロイが置かれている状況がわからない。
きっと真実を述べてもばかにされるか、病気の心配をされるのがオチだろう。
「この魔遺物も持ってってよね」
「何でだ」
「これが主から離れるとあたしは可視状態が解けちゃうのよね」
「はあ……了解……」
その装飾された棒にしか見えない物を掴みアリアスと部屋を出る。
「ロイ、それ何?」
「眷属」
「あんたに聞いた私がばかだった」
質問に対し、正直に答えた結果がこれである。
世とは不条理だ。
アリアスの案内でやっと地上へと出る事ができた。
「クラインに場所は教えてもらったからついてきて」
「はいよ……」
「さっきから元気ないわね。しっかりしてよ」
走っているだけなのに、やけに身体が怠い。
まるで全身の力が抜けていくみたいだ。
「あ~、ゆうの忘れてたけどあんたの魔力から少しずつもらってあたしは可視状態になれるから。ちょっとしんどいかもしれないけどがんばってね~」
ふわふわとロイの周りを漂いつつ、軽く言った。
しかし魔力が減っていくのは問題だ。
全ての生物には魔力が宿っており、それを体内魔力という。
体内魔力減ると睡眠をとらなければ回復はしない。
また減る事によって怠さ、息切れ、眠気など様々な障害が発生する。
だからこの事は戦闘において死活問題といえる。
「でもだいじょーぶだってこれくらいあんたにとっては些細な事だから」
元々ロイは体内魔力が少ない。
魔力の多さは個人差があり、とんでもなく多い者から、ごく僅かな者までまちまちだ。
「ほら、この先よ」
アリアスが言った角を曲がる。
その時角の死角から急に人が飛び出してきた。
その男は今ロイたちが走ってきた方向に逆走する形で走っていく。
一瞬の出来事で二人はただ茫然とするしかなかった。
男が出てきた方から声がする。
「その男を追えーっ!」
今のが帝国兵だったらしい。
まだ走っているのが見える範囲だ。
「追いかけよう!」
アリアスが提案した。
「もっといい方法があるわよ?」
クロエはロイの目線をその魔遺物へと向けさせた。
「さあ、あたしの出番ね」




