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愚者の復讐  作者: 加賀谷一縷
第一章
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プロローグ

 こんな草木も凍るような寒さの中でもずっと耐え忍んで立っていなければならないのは門番という仕事だからだ。

 中身を見たことのないものを守るというのはどうにも気が乗らないが、それは仕方のないことだと割り切っていた。

 高さは三階ほどで、民家からするとそこまで高いわけではない。

 しかし横のことと話は別になる。

 端が見えないほど壁が続いており、門番が何人もいる。

 面積が広い。

 それなのに中身については何も言及はないとなると、ますます気になる。

 当然何回もそれを聞いたのだが、毎回上手くはぐらかされてしまう。

 最初は楽だと思って選んだ仕事だけれど今や門自体すら憎いほどだ。

 さらに追い打ちをかけるように着ている鎧が鉄だから冷たいし重い。

 槍を持って恰好はいいがここは人通りが少なく見せる人もいない。

 だがそんな所でも人は来るようで。


「お~い!」


 と、呼ぶ声。

 この声は毎日聞いている。


「いたいた。いるなら返事してよロイ」


 この人は幼馴染みのアリアス・アルストロメリアといって俺の家の近所に住んでいる。

 手には何やら袋を持っている。


「何してんだ、こんなとこで」

「何って晩御飯の調達でしょ?」

「いや、知らねえよ」


 退屈しのぎにはちょうどいいだろう。

 少しくらいサボっても誰も気づかないような仕事だ。

 息抜きもときには必要だと、自分を納得させて話をする。


「で、今日の晩ごはんはなんだ?」

「う〜んとね、ロイが好きなもの」

「よっしゃ。楽しみだぜ」


 アリアスは晩ごはんが作れない俺に代わって毎日作りに来てくれている。

 これがあるから頑張れるんだよなぁ。


「そうそう。向こうですごい人だかりができてたよ」

「へえ、珍しいな」

「行ってみようよ」

「仕事中だぞ」

「ちょっとぐらいいいじゃん」


 強引に手を引っ張り広場へと走っていく。

 小さいときからこうだったので、もう慣れてしまっている。


 数分後また二人は戻ってきた。


「ただのサーカスじゃねぇか。」


 なんでも上流階級の者が呼んだらしい。


「そうだけどもうちょっと見たかった」

「じゃあ見て来いよ」

「そうじゃなくてさ。一緒に行こうよ」

「今仕事中だからまた今度」


 あまり持ち場を離れると見つかったときただでは済まされない。

 ここの情報はほとんど聞かされてはいないが、国直轄の重要施設であることだけは以前明言された。

 そんな場所を長い時間空けるのはさすがに気が引ける。


「約束だよ?」

「はいはい、約束」


 今度はいつになることやらと思いながらも返事をした。


「よし!じゃあ帰るね。仕事頑張って~」


 また静かになる。

 こうすると、さっきまでの時間がまた恋しくなる。

 なかったらなかったで、心に穴が開いたような気分だ。

 暇な時間ができて、ふと目線を足元にやると透明の石のような物が落ちている事に気付いた。

 光の反射の所為か中心が虹色に輝いて見える。

 惹きつけられる何かを感じる。

 落ちている石などに手にするのは子供のやることだとは思いながらも、やはり心の欲望には勝てない。

 それを拾った瞬間、身体の中へと得体の知れないものが流れ込んでくる感覚に襲われた。

 息ができずもがき苦しむ。

 人通りもないここでは助けはこない。

 立っていることすらできずにへたり込んでしまう。

 だんだん意識も遠退いていく。

 だがそれも思ったより長くは続かなかった。

 苦しさも消えて楽になり息もできるようになった。

 改めて石を見るとさっきまで輝いていた石は透明ながらも薄暗く光らなくなっていた。

 ロイはその石をポケットにしまい込んだ。


 それから数時間が経過して日も暮れ始める時刻となった。

 その時間となると門番の交代が行われる。

 二十四時間体制で警備されるこの門は数人で交代して守られる。


「よお、そろそろ交代だ」

「あいよ」


 挨拶もほどほどに交代する。


「顔色悪いんじゃないか?」


 交代の兵は笑いながらそう言う。


「い、いや……」


 動揺と混乱からしどろもどろになってしまう。


「そうか。まあいいや」


 彼が人に対してあまり関心がなくて助かった。

 自分と同じ鎧を着た相手と喋るのは、自分自身を鏡に通して話しているようであまり好かない。

 一応これは門番の職に就いている間は自分の物にしてもいいという事なのでそれを着たまま帰路に着く。

 

 家に着くとまず重い鎧をクローゼットへしまう。

 人の形に似た木で作られた置き場にそれを掛ける。

 そうしているといい匂いが漂っている事に気付く。

 アリアスの料理だとすぐに思う。

 この時間になると来て作ってくれるのだ。

 そそくさとキッチンの方へ向かうと、


「ロイ、帰ってきたらただいまでしょ?」

「ただいま」

「遅いでしょ」

「悪い悪い。で今日は何?」


 カウンター越しの会話はいつも通りであった。

 すでに出来上がっている料理がテーブルに並べられている。


「おお、うまそうだ」

「まだ食べないでよ」

「わかってるよ」


 食事は毎回二人揃ってからだ。

 アリアスは残りの料理を両手に持ちテーブルに向かう。


「やっと食える」

「それじゃあいただきます」

「いただき……」


 どんどんっ、と乱暴に扉を叩く音。

 こんな時間に誰だ?

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