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カミドの街の錬金術師  作者: 現夢中
《夢追いし》営業中
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《夢追いし》営業中(7)

 今後どうするか、焦点はそこである。

 まず女の子である。

 生きているとはいえ、急いで医者に見せたほうがいいだろう。

何せ状況が異常すぎる。《ダンジョン》の中で、しかも水槽の中にいたのだ。

さらにその状況で生きている。正直信じられない状況だった。

 なので、まずは《カミド》の街に急いで戻る案がひとつ。

 次に依頼の件である"ぬいぐるみ型の《怪物》"を捕獲するために

街に戻るのを少し遅らせる案である。

 僕としては、前者を採用したいけど……。


「早く医者に見せよう。と、九朗は考えているだろう」


「な、なんでわかったんですか!?」


「というか、俺だってそう考えているからだ」


 よかった、バルッタさんが常識人で。

自分のことしか考えてない人なら、間違いなくこの女の子は放っておかれただろう。


「しかし、俺もはやく"この《ダンジョン》を突破できる剣"は欲しい。つまり」


 《ダンジョン》から脱出する最中に捕獲するしかない、とバルッタさんは言った。

 確かに現在位置は、少なくともすぐ脱出できる位置ではないことはたしかだ。

むしろ少し時間がかかってしまうだろう。

 ならその間に、件の《怪物》を見かける可能性もあるはずだ。


「ともかく、今から取る行動は出口を目指すことだ」


 そう言ってニヤリと笑うバルッタさん。

やはりこの人はハードボイルドだなと改めて感じた。


「ではいくぞ九朗!女の子はお前がしっかり背負うんだぞ!」


「は、はい!」


 思いのほか軽い女の子を、僕はよいしょと背負う。

体力のない僕でも、リュックと一緒に背負えてしまうような軽さだった。

 ガシャン!と音を立てて、鍵の掛かっていた扉は開かれた。

バルッタさんが思いっきり蹴破ったからだ。 


『ゲゲゲガガゲガゲッグ』


 扉の向こうには、運悪く数体の人形が待ち受けていた。


「おらァッ!」


 しかしバルッタさんはひるむことなく、その人形を片刃剣で叩き潰す。


「走れ!」


 次のバルッタさんの号令で、僕も走り出す。

もう何回走ったのか、足がパンパンだ、走りたくないとさえ思う。

 だけど今の僕は、背中にもう1つ命を背負ってるんだ。諦めるわけにはいかなかった。


「くたばれ!」


 バルッタさんの声が聞こえるたびに、一体、また一体と人形が砕け散っていく。


「バルッタさん!そこ右だったはずです!」


「わかった!」


 ハートの壁紙で彩られた通路を右折する。

そこに、この《ダンジョン》最大の難関が立ちはだかっていた。


『キュゥゥゥ』


 かわいらしい鳴き声でなくそれは、まさしく"うさぎのぬいぐるみ"だった。

ぬいぐるみは僕らを見つけると、可愛い足取りでよちよちと向かって来る。


「バルッタさん!斬らなくてもいいので、少しだけ動きをとめてください!」


 と、叫んだのだが。

当のバルッタは、すごい顔をしていた。

 悲しいような嬉しいような、でもやっぱり嬉しいような顔をしていた。


「九朗、だめだ。俺にはあの子を殴れない」


「あの子!?」


 だめだ、本格的にやばい。

どうすればいい!?後ろからは、未だに人形が迫ってきている。

 そして正面には、バルッタさんが手を出せない絶対的な敵がいる。

 まさしく、絶体絶命だった。


(待て、考えろ。僕は錬金術師だ、道具を使え……!)


 今日あったことを思い出す。

持ってきたものは白い宝石と傷薬各種、ぬいぐるみを捕獲するためのネット、それと……。


(それと、ナヅキさんのくれた香水!)


「バルッタさん!」


 ありったけの声で叫ぶ。


「後ろの人形なら倒せますか!?」


 すると幸せそうな顔をしていたバルッタの顔が引き締まる。


「まかせろ」


「僕は目の前のぬいぐるみを捕獲します!そのための道具があります!」


「……!わかった、信じたぞ九朗!」


 そう言ってバルッタは、後ろから追ってきている人形に向き直った。

まずは背負っている女の子をそっと、壁際にもたれかけさせる。

 綺麗な髪がさらりと横に流れる。

 ただ今の僕は見とれている暇なんてないんだ。


(この女の子のためにも、やらなくちゃな)


 カバンの中から、急いで香水と捕獲用のネットを取り出す。

 ナヅキさんはこの香水さえかければ無力化できるっていってたはず……。

 それにぬいぐるみは、《怪物》であることは確かだが、殺傷能力がなさそうな外見をしている。

落ち着いてやれば成功するはずだ……。

 と思ったのもつかの間。

ぬいぐるみはおなかのあたりについたポケットから、するどい刃物を取り出した。

 

『ゲヒゲヒゲヒゲヒ、ゲゲゲゲ』


 刃物を舐める動作をしながら、下品な鳴き声を上げる。


「お前、少年少女が見たら泣く姿だぞそれ!?」


 バルッタさんはこんなのを可愛いから殴れないといっていたのか。

正直趣味を疑うなと僕は思う。

 かわいいのなんて外見だけじゃないか!


(とりあえず、もし切りかかられたら僕なんかじゃ対抗できないぞ……)


 じりじりと足を動かし、距離を離そうとする。

……といっても、香水の射程距離は結構短い。いつかは近づかなきゃいけない……。

 幸い、ぬいぐるみの移動速度は遅いみたいだし、少しは考える時間ができたか?

 と、思った直後。


『ゲヒョアヒョアヒャ』


 唐突にぬいぐるみは、その体を軽やかに動かしはじめた!

というか、いままで追いかけてきた人形達並に早い!


(こんなのありかよ!?)


 呆気にとられている間に、ぬいぐるみは床を蹴り跳躍した。


(しまった!?)


 ぬいぐるみが狙っているのは、間違いなく僕の首あたりである。

武術の経験もない僕が、その攻撃を避けることはできない。

 死ぬ、死ぬ、死ぬ。

 死の恐怖が身体中を支配する、思考ができなくなる。

死ぬのはもう嫌だ!あんなに苦しいのはもう嫌だ!


「うわあああああッ!!」


「九朗!?」


 バルッタさんの叫ぶ声が聞こえる。

 ああ、僕の腕よ動け。

思考してくれ、動いてくれ。

 こんなところで死にたくは、ない!

 ……。

 ぬいぐるみの刃物は……、首元に届くか届かないか、そんなギリギリのタイミングだった。

僕の腕はやっと自衛を試みてくれた。

 ぬいぐるみの刃物が、僕の腕に深く突き刺さる。

激しい痛みが腕に走る。


「痛ッつうううう!!」


 熱い、熱い、熱い!!!

でも……、死んでない!


「つ、次は、僕の番だぞこのク、クソウサギ!」


 痛みで言葉が継ぎ接ぎになる。

でも僕は、次に自分が起こさなければならない行動を理解していた。

 この距離なら、当たる。


「ナ、ナヅキさん。う、嘘ついてたらあの世で呪います……からね!」


 プシュッ!

香水がぬいぐるみにかかる。それも相当な量をかけてやった。

 ……これで無力化できなかったら、今度こそ……。

死の恐怖が頭をよぎった瞬間、ぬいぐるみが床にボトリと落ちた。


『グ……ゲゲゲゲゲゲ!?!?!?!?!?』


 床に落ちたぬいぐるみは、突然もがくように苦しみ始めた。

香水が効いたのか……!?

 

「あ、ね、ネットネット!!」


 即座に腰にかけておいたネットを、ぬいぐるみにかぶせる。


『グギャアアア!?』


 苦痛の声なのだろうか、けたたましい声を上げる。

思わず耳を塞ぎたくなってしまうほどの高音だった。

 その高音も、しばらくネットをかぶせていると次第に弱まっていった。

 どういう効力なのかわからないが、このネットをかぶせていると暴れなくなるようだ。


「バ、バルッタさん!」


 痛みの中、出来る限り声を上げる。


「捕獲、完了しました!」


 バルッタさんは、まだ追いかけてきていた人形達と戦っている最中だったが

僕の声を聞くとすぐに振り返り、剣をしまった。

 すると、すぐさま僕の荷物と女の子をわきに抱え走り出した。


「九朗!はしれるか!?」


「な、なんとか!」


「ネットは俺が持つ!ともかく走れ!」


 腕がまだ痛む、がとにかく走るしかなかった。

後ろにはまだ人形の軍勢が追いかけてきている。


「こいつらは《ダンジョン》の外までは出てこないタイプだ!出たら勝ちだ!」


 バルッタさんが必死に励ましてくれている。

ああ、確かに見覚えのある道だ。

 もう少し、もう少し……。


「よし!出た!!!」


 僕の意識が飛ぶよりも早く、なんとか脱出できたようだ。

 人形達は《ダンジョン》の入り口で少しうぞうぞと蠢くと、奥のほうへと戻っていった。


(ああ、助かったんだ……僕)


 安堵の気持ちから出た言葉だった。

恐怖心と緊張感から一気に解放された僕は、そのまま眠るようにして意識を失った。

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