《夢追いし》営業中(5)
はぁ、はぁ、はぁ。
全力疾走なんてどれくらいぶりだろう。
呼吸がままならない、身体が酸素を欲しているのがわかる。
「よう……やく、撒きましたね」
「ああ、なんとかな」
頻繁にぜぇぜぇと息を荒げる僕。
しかし同じ距離を全力疾走したあげく、後半は僕を脇にかかえて走ったというのに
バルッタさんは息の一つもあげていなかった。
身体の構造的な問題もあるだろうが、それよりもしっかりとした鍛錬のたまものなのだろうと
僕は思った。
「じょう、きょうてきには……」
「九朗、すこし落ち着くまでしゃべらなくていいぞ」
ありがとうございますと心の中で思いながら、息を整える。
その間に、僕らの状況を思い返す。
……全力疾走していた僕らは、このままでは埒があかないと近くにあった
扉に飛び込んだ。
飛び込んだはいいが、その中も人形の巣窟。
さてどうしたものかと首を左右に振りながらまた全力疾走。
最後にたどり着いたのが、"ひとつだけ鍵のかかっていた扉"だった。
入り組んだ位置にあったので、幸い人形達は僕達を見失ったようだ。
ただ、このまま行くとまた見つかるのも時間の問題だ。
「九朗、この扉開けれるか?」
バルッタさんが呼吸の落ち着いてきた僕を見る。
「ちょっとまってくださいね」
そう言うと僕は背中に背負ったリュックの中をあさる。
こういう時に便利な道具を、確か僕はもってきていたはずだ。
「大丈夫です、開けれますよ」
「頼む」
錬金術とは、物体を別の物体に変換したり
新しく付加価値をつけることができる術の総称である。
例えば、ただのハサミに絶対切れるという概念を付加することで
なんでも切れるハサミを作ることができるのである。
しかしこれには、それ相応のコストがいる。
「では」
僕はリュックの中から、吸盤がついた白い宝石を取り出す。
それを鍵の掛かっている扉に貼り付ける。
さてここからが、錬金術師の腕の見せ所である。
「すぐにおわりますからね……!」
宝石の横についたボタンを押す。
するとその宝石に、その物体を構成する命令式が表示される。
その命令式は、独自の言語を使って表示されている。
小難しいが、要約するとこう書かれている。
『鍵穴』に『一致する鍵』が刺されていれば『開錠』または『施錠』する。
『扉』が『施錠』されていれば『開かない』
『扉』が『開錠』されていれば『開く』
言葉の意味通りである。
この文言が、上から順に実行されていく。
そして僕ら錬金術師は、この命令を変更することができる。
『鍵穴』に『一致する鍵』が刺されていれば『開錠』または『施錠』する。
『扉』が『施錠』されていなければ『開かない』
『扉』が『開錠』されていなければ『開く』
となる。
この命令文は、最初に書いてある命令が実行されることで『施錠』か『開錠』のどちらかに状態が変化する。
しかし問題は、この命令文の場合その下にある『開く』か『開かない』かの命令を変えてやるだけで
簡単に開けることができるのだ。
端的にいうと、今この扉は『開錠されていれば開かなくなり、施錠していれば開く』謎の扉になったわけだ。
「結構簡単な扉ですね、これ」
扉がギィと音を立てて開く。
と同時に、僕が貼り付けた白い宝石はサラサラと白い砂に変わっていった。
「いつ見ても便利だな、錬金術というのは。というか悪用されないのか?それ」
バルッタの意見はもっともだった。
こんなに簡単に扉が開けれるのなら、誰だって空き巣に入るだろう。
ただ世の中はそうは出来ていないのだ。
「普通の扉には、僕達がプロテクトをかけるんです」
それに"扉"ならまだしも、"人間"だとか"生物"だとか構造が複雑になればなるほど
この命令文は難解になっていく。
プロテクトは、この命令文を無理やり難解にしたてあげる技術なのだと続ける。
「なるほど……まぁ俺には一生係わり合いがない話だろうさ」
ひらひらと手を振るバルッタさん。
「とりあえず入るか、ここにいては危険だ」
そそくさとバルッタは扉の中に入っていく。
悠々と入れるということは、中に敵がいないと直感したからなのだろうか。
僕もそれに釣られて、部屋の中に入る。
「では、もう一度いじって施錠します」
僕はもう一度白い宝石を出すと、扉に貼り付けると先ほどと同じ操作をする。
「……なんだこれは」
作業が終わるか終わらないか、それくらいにバルッタさんの声が小さく響く。
「え?」
その声に振り向く。
するとそこにあったのは、緑色の水に満たされた巨大な水槽のようなものと。
"その中で眠る女の子の姿"だった。