《夢追いし》営業中(3)
「ああ、捕獲といってもだ。このネットと香水を使え九朗君」
ナヅキさんは僕に小さめなネットと、小さな小瓶を投げた。
ネットにはところどころに宝石のようなものがはめ込んである。
「ネットは《怪物》が最終手段を取らないための枷だ」
「香水はぬいぐるみに吹きかけろ。すぐに無力化できる」
とかナヅキさんは言ってたけど……。
「《ダンジョン》とか行ったこともないよ!」
僕はバルッタさんの駆る馬の後ろに乗せてもらっていた。
カミドの街から少し離れた地域にあるその《ダンジョン》は、普通に歩いていくと
日が暮れるレベルの距離ではあるのだ。
「それにしても、あの店主は随分むちゃくちゃというか、失礼な奴だな」
バルッタさんが僕に話を振る。
「まぁナヅキ師匠はずっとあんな感じですよ、拾われてからずっと」
「拾われた?」
バルッタが首をかしげる。
「はい、拾われたんです」
「……そうか、悪かった」
悪いことを聞いてしまったといった風だった。
僕は外見でこの人を判断していたけど、思ったより優しくて繊細な人なのかもしれない。
ぬいぐるみが好きなところも含めてね。
「いえいえ、大丈夫ですよ!むしろ今の生活が好きなんです」
「なるほどな、前向きなことはいいことだ」
ニコリとバルッタさんが微笑む。
うん、やっぱりナヅキ師匠にいじられてさえいなければこの人はすごく格好いい。
本当はハードボイルド気質な人なのだろう。
「さて、そろそろ着くぞ……その前に少年の名前を聞いていなかったな」
「僕は九朗です。姓はナヅキさんと同じ《トリンスタード》です」
「そうか、俺の名前はもう知ってるだろうが、もう一度名乗っておく」
「俺はバルッタ=メイレス。種族は、竜人だ」
竜人。
姿こそ人間だが、その力や皮膚は竜のそれに勝らずとも劣らない。
尻尾等はなく、変わりにその鋭い牙や爪、そして竜独自の器官"竜袋"を
引き継いでいる。
しかし竜袋に至っては大抵退化してしまっており、竜人が炎を吐くことは
滅多にない。
とは言え……。
(バルッタさんの体格、風格は竜人だからなのか。納得だ)
「九朗。さしつかえなければ、君の種族も聞いておきたい」
この世界において、種族を名乗るというは基本的に危険なのだ。
"カミドの街"でこそ差別はほとんどないが、別の街に移動してみるとその状況は一変する。
場所によっては、迫害を受けてしまう場所も当然あるのだ。
そしてそういう状況に置かれてきた者は、決して種族名を口にしない。
己を守るためだ。
「大丈夫ですよ。僕の種族は、普遍です」
普遍種は、従来存在していた"人類"に最も構造が似ている種族だ。
まぁ、誤解を恐れずに言うと、人間なのである。
なおこの世界では、どんな種族も"人間"と呼ばれる。
竜人だとか、普遍だとかは"人間の中の竜人"、"人間の中の普遍"という分類である。
これは出来る限り差別をなくすためにとられた対策の一つである……そうだが。
あまり功を成してはいないようだ。
「普遍か、いい種だ」
多分バルッタさんは僕がどんな種族だったとしても、この答えをくれただろう。
やっぱり優しい人なのだ。
「よし、降りろ九朗」
馬は鳴き声をあげると共に、その場に立ち止まった。
そう、ついに着いてしまったのだ。
「《ダンジョン》……《デ・リビカルの迷宮》に……!」
かっこよく決めておいてなんだが、僕はめっちゃ困ったなと思っていた。
戦闘力なんて皆無だし、そもそも。
《怪物》なんて見たこともないんだから……。