《夢追いし》営業中(2)
場所は店のカウンターから、奥の応接間へと移された。
勿論店の看板は《準備中》に変えた上でだ。
「他言無用の件は、口約束だけではフェアではないな」
という理由で、"契約用紙"を僕とナヅキさんの分用意した。
これにサインをすると僕とナヅキさんは、他言した瞬間に重罪となる。
誠意を見せるために、先駆けてサインをする。
──バルッタ=メイレスが持つ、依頼に関する秘密を他言しないことを誓う。
要約するとこう書かれていた、ちなみにバルッタ=メイレスという名前は
この屈強そうな男の名前だそうだ。
「さて、と。では聞かせてもらおう」
長机の上に両肘を置き、手を組むと
ナヅキさんは真剣なまなざしに変わった。
僕もそれにつられて、背筋をピンと伸ばして座る。
しばらくすると屈強そうな男、バルッタさんが口を開いた。
「では話そう」
「《デ・リビカルの迷宮》はどんな《ダンジョン》か知っているか?」
んー、と頭を捻る。
たしかカミドの街から少し離れた地域のゴミ捨て場付近にあって、難易度は高め。
並の冒険者なら命を落とすレベルだったはずだ。
といっても、これもお客さんの冒険者から聞いた知識だけど……。
……たしかに、並の武器では歯が立たなさそうだ。
「ああ、知っているよ」
「実は、俺はそこの《怪物》を倒せないでいる」
数々のダンジョンを踏破してきても、無理な事もあるのか。
よほど強い《怪物》なのだろう。
「なるほど、それで突破できる武器を作ってほしいと」
「そうだ」
で、とナヅキさん。
「それとうちじゃないとダメな理由の関係性は?」
「う、ぐぐ」
バルッタさんが口を噤む。
これだけ言い出しづらいことなんだ、相当なことに違いない。
心を引き締める。
「……《怪物》が…-…--…」
後半、声がごにょごにょしていて聞き取りづらかった。
それはナヅキさんも同じようで、聞き返す。
「え?なんて言ったんだ?」
耳に手をあてて、声を聞こうと試みる。
するとバルッタさんは観念したかのように、口を大きく開いた。
「……!《怪物》が可愛いぬいぐるみの姿をしているから殺せないんだよ!!!」
応接室に響き渡るほどの大声だった。
防音措置をとっていなければ、間違いなく路地にまで響いただろう。
……で、え?
「《怪物》が、なんだって?」
ナヅキさんの顔がすっごい笑っている。
これは間違いない、性悪の顔だ。
「何度も言わせないでくれ!《怪物》がぬいぐるみの姿を……」
バルッタさんが言い終わる前に、ナヅキさんが言葉をはさむ。
「なるほど、つまりそんな屈強な身体しててぬいぐるみが好きだから殺せないと」
「聞こえてるじゃないか!!」
「そりゃあれだけ大きな声だと聞こえないほうがおかしいよ」
ケラケラと笑うナヅキさんを見ながら、やっぱりこの人は酷い人だと再確認する。
しかし、まぁ……これには正直僕も。
「くく……くく……」
「少年もか!?」
笑いをこらえたのに、つい口から出てしまう。
「し、しつれいしま……クク」
「だから言いたくなかったんだ畜生!」
顔を真っ赤にしてそっぽを向くバルッタさん。
でもこんなに屈強な体つきで、数々のダンジョンを踏破してきた凄腕冒険者が
ぬいぐるみが好きだなんて聞いたらギャップで笑ってしまっても仕方がない。
というか、許して。
「ということは、この件を言いたくなくて他の店にいけなかったと?」
プププと笑いながらナヅキさんが質問する。
「有名な店でこんなこと言ってみろ……俺の冒険者人生は終わりだ」
逆にお前らは全然有名じゃないから言っても大丈夫だと聞こえたようで
少しムっとする。
だけどナヅキさんは、「それがうちのいいところの一つでもあるがね」と笑って答えた。
「で、じゃあその……なんだ、ぬいぐるみを殺せるような武器を作ってほしいと」
未だに笑いが止まらないのか、バルッタさんの顔を見るたびに噴出すナヅキさん。
そのたびにバルッタさんは顔を赤くしていた。
そろそろ同情の心が沸いてきた。
「よし、わかった。引き受けた」
「引き受けて、くれるのか?」
バルッタさんがすがるような顔をする。
「ここまで話を聞いて断るのはさすがの私でもしないよ」
ほんと、いい話が聞けた聞けたと面白がる。
「言うなよ?」
「言えんよ」
ヒラヒラと契約書をバルッタに見せる。
その後ナヅキさんは、契約書をバルッタさんに二枚渡した。
「これをもっている限り、私と私の弟子はこの話を口外できない」
仮に口外してしまったら、バルッタさんが恥ずかしくて死ぬ代わりに
僕らは"本当に死ぬ"ことになる。
この契約はそんなにも重いものなのだ。
それを、はじめて会っただけのお客さんに渡したナヅキさんは
肝が据わっているというかなんというか……。
(もし悪用されたらどうするつもりだったんだろう)
と考えざるをえなくなるのである。
「さて、と。じゃあ作るに関して一つだけお願いがある」
むしろバルッタさんからしたら、まだあるのかといいたくなるだろう。
だがこれは実際に大事な工程なのだ。
対策というのは、まず対策する相手を知らなければ成り立たない。
つまり。
「九朗君を連れて、その《ダンジョン》に入ってくれ。何、《怪物》は殺さなくていい」
変わりにとナヅキさんは続ける。
「一匹だけ、もって帰ってきてくれないか?」
……と。
結構な無理難題をバルッタさんと、僕にふっかけたのであった。