《夢追いし》営業中(1)
魔族やら亜人やらエルフやら。
果ては竜までもが共存する街、《カミド》。
そんな華々しい街の一角に、その店はあった。
名を《夢追いし》。この街では少なくない錬金術の店の1つだ。
「ナヅキさん、この荷物ここでいいんですか?」
「ああ、そこでいい」
そんな店内で、堂々と椅子に座っている女性……ナヅキさんは僕の雇い主にして
この《夢追いし》の店長だ。
「ところで九朗君。先日ここの周辺で殺人事件があったらしいぞ。おっかないな」
ナヅキさんはあらゆる情報が載っている紙、"新聞紙"を読んでいる。
略して新聞とも呼ばれるそれは、一目見ると街中の情報が丸わかりだという代物だ。
「……そんな話僕にしてどうしたんですか?」
「いや別に?」
「はぁ……」
ナヅキさんのよくわからない世間話に肩をすくめる。
そんな暇があったら、荷物を少しでも運んでくれればいいのに。
「よっと……思ったより重いなこれ」
人が1人入りそうなくらい大きな箱を抱える。
ただ僕の力でも抱えれるということは、本当はそんなに重くないのだろう。
……運動不足が祟ってるな。
「ああ、それは割れ物だから気をつけて運んでくれたまえ」
「そういうなら運ぶの手伝ってくださいよ」
「九朗君は私の弟子だろ?師匠の言うことは聞くものだよ」
ナヅキさんはまた新聞に目を落とす。
こうやって僕はこき使われる毎日を送っている。
……でも、ナヅキさんがいなければ僕は生きていけなかっただろう。
そういう点では感謝している。
でもだからといって、もう少し優しくしてくれてもいいじゃないか。
「はいはい、わかりましたよ師匠」
「はい、は1回」
「はい、師匠」
渋々と箱を奥の物置に運び出す。
と、僕が箱を置いたのと同時くらいに滅多にならない店のベルが、チリンチリンと音を立てる。
つまり、お客さんのご来店だ。
「ナヅキさん!お客さんですよ!」
小声でナヅキさんに耳打ちするが、聞く耳もたないといった感じで新聞に目を落としているナヅキさん。
こういう態度を取るからお客さんが減るんだよと思いつつも、グッと心にしまっておいた。
「この店の店主は?」
入ってきたのは屈強そうな男だった。
巨大な剣を背負っているところを見ると、職業傭兵か冒険者といったところだろうか。
「私だよ」
まだ新聞に目をおとしながら、手をひらひらと振るナヅキさん。
どこまでお客さんを舐めきっているんだこの人は!
「……そこの少年。ここの店主はいつもこうなのか?」
「も、ももも申し訳ございません!」
とりあえずナヅキさんの変わりに頭を下げておく。
これもいつもの流れという奴である。
「で、ご用件は?」
ついに新聞から目を離すナヅキさん。
やっと話を聞く気になってくれたことに、僕は感動を禁じえなかった。
そんなレベルでこの人は、お客さんをないがしろにするのだ。
「……不愉快な店主だが……まぁいい、そこの少年に免じて許してやる」
と、僕に指をビシっと刺す。
やめてくださいこんな屈強そうな男に指を指されたらめっちゃ怖いです。
「さぁ、じゃあ用件なんだが」
改めて依頼をしようという気概を見せてくれた男は
カウンターの前においてある丸椅子に座る。
身体が大きい所為で、少し椅子からはみ出る形になってしまっていた。
「聞こう」
ナヅキさんは相変わらず上から目線で話を進めて行く。
「俺の職業は冒険者なんだが、《デ・リビカルの迷宮》を突破できる武器を作ってほしい」
……冒険者か。
僕はその単語から、この男の懐具合を探る。
冒険者とは、つまるところギャンブラーなのだ。
《ダンジョン》と呼ばれる広大で危険な迷路にその身を投じて、その中から財宝を持ち帰る。
ただし勿論、財宝にたどり着けない可能性もあるし、そもそも財宝の価値がものすごく低い場合もある。
しかも《ダンジョン》は大抵《怪物》の巣窟になっている。
つまり財宝にありつくまでに、大量の《怪物》を倒さなければならなくなる。
《怪物》を倒すには武器がいる、傷を回復させるための薬がいる。
大量の《資材》を消費しなければ、踏破できないのだ。
(さて、この男は"成功した"のか"失敗した"のか"挑戦したことがない"のか……)
その答えは、当の本人からあっさり帰ってきた。
「俺は今まで数々の《ダンジョン》を踏破してきた。だから金はある」
懐から、金貨が入っているであろう袋をカウンターにジャラリと置く。
しかもどうやら、紙幣も入っているようでかなりの量だと予想される。
「み、みみみナヅキさん!これで3ヵ月はご飯に困らないですよ!」
こそこそとナヅキさんに耳打ちする。
しかしナヅキさんは、男の顔を見ながらその真剣な顔を崩さなかった。
「……店主、受けてもらえないだ……」
「質問なんだが」
男の声がナヅキさんの声でさえぎられる。
「なぜうちに?」
その通りだった。
今のカミドの街では、名のある錬金術店なんて数多くある。
魔法が"高価"な所為で、錬金術という技術がしばらく前からブームになっているのだ。
他の錬金術店のほうがサービスもいいだろうし、仕事もそこそここなしてくれるだろう。
つまりここにくるお客さんは大抵、"そこそこの仕事じゃだめだった"類の人なのだ。
(目先の欲にくらんで、そんな単純なことも考えれなかった……)
少し自己嫌悪に陥る。
依頼を受ける時は特に慎重になるべきなのだ。
「……言わなければダメか?」
「言ってくれなければ、私は適当な仕事しか出来なくなるけどそれでもいいのなら?」
これはけっして性悪で言っている発言ではないと、僕にはわかる。
お客さんを理解してお客さんの《本当にしたいこと》を聞き出さなければならない。
それが"錬金術師"にとってもっとも大事なことなのだと、僕はナヅキさん……師匠に教わった。
師匠は今それを実践しようとしている。
(しっかりと見て、聞いておかないと。僕もいつか"錬金術師"になるために)
「……わかった。その代わり他言無用だと約束してくれ」
「心得ているよ……ただ、この子は私の弟子でね。後学のために同席させてもよろしいか?」
と、ナヅキさんは僕をぐいっと引き寄せた。
女性特有のいい臭いが……じゃなくて。
僕は起立の姿勢をとると、頭を下げた。
「……他言無用だと約束してくれるのなら、問題はない」
「感謝する」
ナヅキさんも深く頭を下げた。
……僕の、弟子のために頭を下げてくれることに、少し嬉しくなる。
こういう時はいい師匠だなと、思う僕であった。