《カミド》の街の人々(1)
雨が降っていた。
しとしとと振り続ける雨は、何もかもに絶望した僕を演出しているかのようだった。
ただ、何もせずそこにいる。
ただ、"二度目の死"を待つかのようにそこにいる。
そんな時だった。
「……君は濡れるのが好きなのか?」
傘を差した女が、僕に声をかける。
「どうでもいいと思ってるだけだ」
「そうか」
会話はそこで止まった。
でも女は、なぜかそこを離れなかった。
それどころか、傘の中に僕を入れてくれた。
「君、名前は」
「ねえよ」
嘘だった。
でも、あんな親からもらった名前なんていらないと思った。
捨てたいとおもった。
だから今の僕は無名の僕だった。
「そうか」
女は、寂しいような嬉しいよな不思議な顔をしていた。
ただ、その顔は優しい顔なんだということだけは伝わった。
長い沈黙が流れた。
僕はただ、その女を見つめるしかなかった。
その間、女はずっと僕に微笑みかけてくれていた。
しかし突然、その沈黙を女が破った。
「行くあてがないなら、うちに来ないか」
「……は?」
「言葉のままの意味だよ」
意味が解らなかったし、警戒もした。
この女は何を言っているんだと。
しかし、女は口を休めなかった。
「……これから、私の家族にならないか?少年」
そう言って。
女は僕を優しく撫でた。
もう何年、撫でられていなかっただろうか。
涙が出た。
一生懸命自暴自棄を演出しようとしても、一生懸命悪い奴ぶろうとしても。
僕の身体は、その優しさに反応してしまった。
必死に涙を拭く、「雨の所為だ」と使い古されたセリフで悪態をつく。
そんな僕に、女は笑顔を向けて。
ただ一言だけ、こう言った。
「これからよろしくな、"九朗"」
それは、僕が初めてナヅキさんから貰った。
最高のプレゼントだった。




