《夢追いし》営業中(8)
深い深い闇の中、僕は1人落ちて行く。
昔の事が、まるで走馬灯のように駆け巡る。
学校での事件、両親の会話、絶望。
ああ、なんで今頃こんなことを思い出すんだろう。
今は"こっちの世界"で上手くやってるじゃないか。
"こっちの世界"だと僕はやり遂げられる。
"あっちの世界"では出来なかったことをすると誓ったんだ。
だからもう、僕の足を引きずるのはやめてくれ……。
「お、起きたか九朗君」
「……おはようございます」
気が付けば僕は自室にあるベッドの上にいた。
どうやら気絶してしまったらしい。
「痛ッ」
まだ地味に腕が痛む。
どうやら誰かが治療してくれたらしい、包帯が巻いてある。
「まだ痛むか?」
ナヅキさんは、普段からは想像もつかないほど心配そうな顔をしていた。
でも行けといったのはナヅキさんなんですよ……。
「よく頑張ったな九朗君」
頭を数回撫でられる。
それだけで、頑張ったかいがあったと思えた。
それは「まぁいいか幸せだし」と思わせてくれるほど優しい手だった。
「あ、そういえばナヅキさん!」
一番気になっていたことを聞いていなかった。
《ダンジョン》で助けた女の子の事だ。
「あの子は医者につれていってくれましたか?!」
「そのことも含めて、これから話す。大丈夫、無事だよ」
ニッコリと微笑むナヅキさんの顔から、その言葉は本当なのだと読み取れた。
よかった、助かったんだ。
「では、もう少し休んだら下りてくる事。私達の仕事はまだ終わってないからな」
そう言って、ナヅキさんは僕の部屋を後にした。
僕もその後を追うように、部屋を出た。
▼
「来たか九朗君」
「おまたせしました!」
そういえば着替えていなかったので、新しい服に袖を通しながら
一階にある実験室に顔を出す。
「九朗、元気そうでなによりだ」
そこにはバルッタさんとナヅキさんがいた。
女の子がいないところを見ると、医者に見せてくれたのか?
「女の子は?」
「ああ、大丈夫。医者に預けた」
と、ナヅキさんは言った。
でもどこかそっけない言い方だった気がする。
気にしすぎかな?
「さて九朗君、この仕事最後の仕上げだ」
ナヅキさんはそう言うと、近くにおいてあったネットを拾い上げた。
僕の腕を刃物で突き刺した凶暴なぬいぐるみが、静かにそこにいた。
「ちょっと離れてていいですか……」
「今は私がいるんだ、大丈夫だよ」
バルッタ殿もいるしねと続ける。
するとナヅキさんはそのネットをハサミで切り始めた。
「そんなことしたら、また暴れだすんじゃ!?」
「刃物は没収してある、大丈夫だよ」
そういうナヅキさんと、隅の方ですっごい笑顔を浮かべているバルッタさんを交互に見て
覚悟を決めるしかないと思った。
「さぁ九朗君、よく見ておくんだ。このぬいぐるみの正体を」
ナヅキさんは、手に持っていたハサミでぬいぐるみの背中を裂く。
すごいげんなりした顔のバルッタさんがチラっと見えたが今は関係ない。
背中を裂かれたぬいぐるみは、突如として暴れだす。
そして。
「これが、正体!?」
醜悪だった。
切り裂かれた背中からずるりずるりと出てきたのは、《ダンジョン》で見かけたあの紫色の肉片。
可愛げのかけらもない、嫌悪感しか感じない物体だった。
「九朗君、君を襲ってきた人形の身体のどこかにもこういう肉片があったはずだ」
そういえば、片目だったり腹部だったり、どこかに必ず紫色の肉片がついていた。
まさか、あれが人形を操っていたのか?
『グゲゲイギガイイガッギギ』
肉片は、どこから音を出しているのかわからないが醜悪な叫び声をあげる。
苦しいのか、怒っているのかわからないような声を。
「さて、おとなしくしたまえ」
と、ナヅキさんは持っていた"青い杭"を差し込む。
するとまるでナメクジに塩をかけたかのように、肉片は縮んでいった。
大きめの人形サイズから、掌サイズまで縮まったところで
それをひょいと拾い上げてフラスコの中に入れた。
「あとはこれを媒体に、バルッタ殿の剣を強化するだけだ」
それを聞いたバルッタさんは、げんなりした顔のまま自らの剣を差し出した。
ナヅキさんはその剣を台の上に置くと、赤い宝石を取り出して剣に取り付けた。
「九朗君、これは錬金術師の基本の一つ"付与"だ」
僕が《ダンジョン》で使った技術は"概念変換"。
物質の持つ概念を、可能な限り変換するという技術だ。
今回の技術は、新しく付加価値をつける技術なのだ。
いままで概要だけは聞いていたが、見るのはこで初めてだった。
「《片刃剣》に《透過》を付与」
たったこれだけの文言の後、赤い宝石が輝きはじめ、フラスコの中に入っていた小さな肉片が分解されていく。
分解され粒子になった肉片は、赤い宝石に吸い込まれやがて微塵も残らなくなった。
「《グルッタの薬草》と《ゲリヒュリムンの眼》」
次にナヅキさんがそう呟くと、台にあらかじめ置いてあった青い薬草と
紅の眼が肉片と同じように分解されて、赤い宝石に吸い込まれていく。
全ての物体が微塵も残らなくなった瞬間、赤い宝石がバシュン!と音をたてて砂に変わった。
「さ、完成だバルッタ殿」
そうして持ち上げた片刃剣は、みたところ何処も変わっていない。
「本当にこれでぬいぐるみを斬らずに突破できるのか?」
「その通り。厳密にいうと、ぬいぐるみの中だけ殺せる剣だよ」
ナヅキさん曰く、剣の握る部分の横についている突起を押すと
剣が半透明になるそうだ。
その状態でぬいぐるみを斬ると、"中身だけ"を綺麗に殺し無力化できるらしい。
「なるほど……たしかにぬいぐるみを斬らずに済む。それに」
バルッタさんはフラスコのほうを見る。
肉片が入っていたフラスコだ。
「中身がアレだとわかっていれば、躊躇なく殺せる。むしろぬいぐるみ達を、あれから救わなければな」
ニコリと微笑むバルッタさん。
よかった、気に入ってもらえたんだ。
「満足してもらえてよかったよ、これからも《ダンジョン》踏破に精を出してくれ」
「ああ、いい仕事だったぞ。ナヅキ」
ガシりとお互い手をつなぐ。
「それと九朗、お前もよくがんばってくれた」
次に僕が握手を求められる。
「いえ、助けられてばっかりで……」
その握手に応じて、手を差し出す。
「いや、最初はそんなにか細い身体で《ダンジョン》なんて無理だ、そっちの店主は弟子を殺したいのか?とも思った」
「だが九朗は勇気と根性があった、それに扉を開けた錬金術もなかなかの腕前だった」
やわらかい表情でそう言うバルッタさんは、やっぱりこの人はすごい人なんだと
思い知らされるような何かがあった。
優しさ、強さを備えた武人はこんなにもかっこいいのかと尊敬してしまう。
「さて、代金はこの袋の金貨全部だ。受け取ってくれ」
ポイっと金貨袋を投げつけられる。
……気になるが、中を改めるのは後にしろという眼をしているナヅキさん。
これで中身はいってなかったらどうなるんだよと思いつつも、言うとおりにする。
「ありがとう、機会があればまた着てくれバルッタ殿」
「あ、ありがとうございました!」
その大きな手をグイっと額まで持ってきたバルッタさんは、簡易的な敬礼のポーズをとった。
「ああ、また来る」
そうして、やっとのこと一件落着。
久しぶりの仕事は、こうして幕を閉じたのだ。
女の子も助けれて、仕事も完遂できて、いい経験もできた。
充実した、とても充実した一日だった……と。
今日の私記にはそう書いておこう。
余談だが、金貨袋の中身は食事をするだけなら4ヶ月は食いつなげる量だった。
これはかなりの額で、バルッタさんの懐の深さが伺えた。
ありがうバルッタさん、これでしばらくは死なずにすむよ……。
等とおもいつつも、僕は眠りについたのだ。




