黒狼鋼の剣と曲げない考え
黄金に輝く木刀を構えるアイン。
そしてただならぬ闘気が滲み出ている父親。
二人はお互いに見つめ、出方を伺っている。
しばらくの間、静寂がこの場を支配する。その静けさを、切り裂いたのはアインの方だった。
黄金の輝きを放つ聖剣と化した木刀を振り上げる
光が集う。
さらに光の質量は増す。その閃光が照らし出すは齢十二の少年。
少年が持つにはまだ早い輝き。
しかし、少年はその輝きを持ってしまった。聖剣ではなく魔法をかけられた木刀の輝きとはいえ、その煌きは紛れもない聖剣そのもの。
アインは渾身の力を振り絞り、聖剣と化した木刀を振り下ろすと光が放たれた。
その光は大地を抉り、まだ昼間だというのに太陽の輝きすらを追い越すほど。
圧倒的な質量を持ってして、全てなぎ倒す。
木々、大地、そして空気すら消し飛ばす。
「おいおい。そんなもん撃たれたら常人なら瞬殺だぞ、おい。まあ相手が俺だったから良かったものの」
その光を見て、父親は動じない。
ただその光を見据えている。
そして、何かを見つけた様に笑う。
その光が迫る中、ゆらりと木刀を構え、ぶつかろうとした瞬間。
木刀を薙いだ。
すると光は最初からなかった様に霧散してしまった。
それを見たアインは何も言えないでいた。
父親はアインへと歩みよる。
「俺の勝ちだな。その木刀はもう持たんだろ?」
そう言うとアインの木刀は砂の様にさらさらと消えてしまった。
「ねぇ、父さん。今の……どうやったの?」
負けたものはしょうがないと雑念を振り払い、何故あれだけの魔力の塊をたった一回薙いだだけでそれを霧散されることが出来たのかが気になった。
「魔法ってのはな。必ず脆い場所があるんだよ。そこを突くと魔法はすぐ解ける。俺はその脆い場所を見つけて叩いたまでさ」
「そ、そんなこと……」
アインは開いた口が塞がらなかった。
「そんなこと出来るはずがないって?それが出来るんだなこれが。まあ、この芸当が出来るのはフライハイト王国だけだと俺だけだな。なんせ、魔眼が無けりゃ出来んからな」
魔眼と言うフレーズが出た瞬間、ピクリと肩を動かすアイン。
おそらく魔眼を見たことがないアインは興味が湧いたのだろう。
といってもこの世界に魔眼保持者がそこら辺にたくさん居るわけではないのであしからず。
「ハッハ、珍しいか?まあ、そう驚くなよ。別に俺の魔眼は見た者の生命を奪うなんて物騒な能力なんかじゃないから。この魔眼の能力はだな。魔法の脆い場所を見つけること。つまり俺には魔法は効かねえってわけよ。あとだなさっきの件はちゃんとやってるから安心しろよ」
「えっ、僕が負けた時点で終わりなんじゃないの?」
それを明るく笑い飛ばす父親。
「ハッハ!あれはお前をやる気にさせる口実だよ。確かもうすぐアルクがお前の剣を届けに来る頃だな」
そう言うと遠くに馬の乗った人影が見えた。その人はだんだんと近づき、はっきりと目視出来るまでになった。
あの赤髪の男がアルクと呼ばれる自称世界一の鍛治士。
その男は腰に自分の剣を差して悠々と馬に乗っている。馬に括り付けられている麻袋の中にアインの剣と思われる剣が入っていた。
そしてアルクが二人の前で立ち止まる。
「よお!ゼファー!久しぶりじゃねぇか。頼まれた品持ってきたぜ
今まで作ったどの剣よりもかなりの仕上がりだ。魔剣とか聖剣にも引けを取らない切れ味だぜ。
まあ、天才鍛治士のこの俺、アルク様にかかりゃ余裕だけどな!
そういえばよ。お前の家の方から太陽も霞むほどの光が見えたんだけどよ。まさかそこの坊主がやったんか?」
ペラペラとマシンガンの如く言葉を撃ち出すアルクにアインの父親、ゼファーは鬱陶しげに話す。
「ペラペラとうるさいな。お前もその喋りぐせと自称世界一の鍛治士とか言わなきゃ、本当に最高の鍛治士なのによ。それとお前が見た光はうちの坊主がやった」
それを聞いてアルクが、こりゃぶったまげたとアインの顔をジロジロと見る。それに気分を悪くしたのかアインがゼファーの後ろに隠れてしまう。
「アルクそれくらいしてくれ。うちの坊主が嫌がってるだろう」
ゼファーがアルクにジロジロ見るのをやめるように言うと、アルクが頭を下げながら体の前で両手を合わせた。
「すまんかったなぁ。許しておくれ。そういえば本題を忘れていたな。ほら、これがお前に頼まれた品だ」
そう言いアルクは剣を差し出す。
ゼファーはそれを受け取り、鞘から剣を出し刀身を見る。
妙に黒光りした輝きを放つ刀身。ロングソードに似ているが長さは短い。
「おい、俺の剣よりも出来がいいとか酷くないか?」
「しょうがないだろ。たまたま黒狼鋼が手に入ったんだから」
黒狼鋼とは鉱石の中でも最高の硬度を誇る鉱石である。どの闇よりも深い深淵の黒い色をしているのが特徴。手に入れるには危険度SSSのアルテミア火山の最深部に行くしかない。
「大層なもん使いやがって。まあ、ありがとよ」
「ああ、じゃ俺の仕事は終わったんで帰るわ。アイン君も頑張れよ!」
馬にまた跨りそのままアルクは帰っていく。
ゼファーは後ろに隠れていたアインに向き直り、真剣な眼差しを向けた。
「なあ、アイン。今更だが何故お前はそんなに強くなりたいんだ?」
ゼファーはアインに問う。
アインは自分の眼をゼファーに向ける。
「僕はもう見たくない……誰かの死は見たくないんだ……誰であれもう見てるだけは嫌だ。母さんが殺された時みたく、見てるだけは嫌なんだよ。だから僕は、誰かを守るために強くなりたいんだ」
ゼファーは無言でアインを見つめる。ただ真っ直ぐ見つめる。
そしてしばらく見つめて、そっと口を開いた。
「そうか。しかし、それは無理じゃないのか?」
死を見たくないだから誰かを守るために、強くなりたいと言うアインの考えを、無慈悲に切り捨てる。
「えっ」
アインはその一言しか出なかった。
「人は必ずいつかは死ぬんだ。守ると言っても全員守るのは無理しゃないのか。断言しよう。俺は戦争を何度も経験をした。そして仲間を何人も失った。守る余裕なんてない。一人なら俺にも守ることが出来る。だけどそれが増えて千人ならどうだ。一箇所に集めてなら出来るかもな。だがバラバラの場合はどうだ?出来るか?
俺は出来ない。
そして俺は一人さえも守れなかった。近くにいないと守る対象は守れないんだよ」
ゼファーは、今まで経験したことを旨に話している。彼は数多くの死を見てきた。
そして、死を見たくないという考えは誰も殺したくないという考えでもある。
なら守るということは襲う者を最悪な場合は殺さないといけない。
そうしないと守れないものは数多くある。
アインの考えは綺麗ごとだ。理想だ。永遠に叶うことのない理想。
無言でゼファーの話しを聞くアイン。アインは今どんな思いだろうか。自分が信じた強くなりたいと思う理由は今、折られてしまったのだから。
「だが、今言ったのは所詮俺の考えだ。お前にはお前の考えがある。その考えをお前が真に信じているならそれを貫けばいい。もしかしたらその理想は理想じゃなくて現実になるかもしれん。そのために力が必要なら手に入れることに越したものはないさ。ほら。この剣はお前の剣だ。大事に扱えよ」
ゼファーは、一度アインの考えをへし折った。だがそのあとに肯定するようなことも言った。
おそらく今の言葉で折れる考えならば所詮そこまでと思ったからなのだろう。
「………………」
アインは無言で俯いている。
自問自答というやつであろう。
「ぼ、僕は……それでも考えを変えない。誰かを守りたい。僕の力の限り」
アインは考えを変えなかった。
立派なことだ。
「アイン言っておくが人前では魔法を使うなよ。お前は忌神の加護を受けてしまっている。俺は別に気にしないが外の、この世界の人々はそうはいかない。ゆえにお前の魔法は使えないという前提で物事を考えろよ」
ゼファーは忠告する。
「分かってる。でも俺が外に出るのはまだ先の話。まだ今は力を、強さを養う時期」
「すまんがそうはいかない。お前はもう十二だ。学校に行ってもらう。近々フライハイトにあるマギスト学院に入学してこいよ。学費は俺が払うから。あともう試験料金は払ったから逃げられないぞ。というわけでこんな森に囲まれた場所の外の世界を見てこい」
えっ、とアインは驚きを隠せないでいた。急に学校に行ってこいと言われれば驚くのも無理ない。
そして、昔からゼファーは決めたことは決して曲げないことを知っているので、アインは反抗するのを諦めた。
しかし、少しワクワクするアインであった。