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忌神の名前

 港町ミズシリア。

 漁業関係はもちろんのこと造船や酒屋、鍛冶屋に宿屋などなんでもござれの人口が十万人もいるデカイ町だ。

 船を降りて俺たちは、街の散策へと出かけているところで、前方にメーア、ミーナがガールズトークで盛り上がりながら、町並みを指差している。

 俺の隣には、フィアがキョロキョロと周りを見て、それなりに楽しそうにしているようだった。かくいう俺も楽しみだったし、ここに来たのは入学試験に向かうために来た一回こっきりだしな。

 しかし、神々の戦争やら、メーアが聖女の末裔かもしれないとか、さっき聞いてから妙に嫌な感じがしてならない。

 この雲ひとつない晴天さえも何か起こる前触れなんではないかと疑ってしまうほどに。

 まあ、そんなことを今思っても仕方がないからと俺も周りの景色を見て誤魔化すことにした。


「アインどうかした? 何か深刻そうな顔をしていたけど」


 さっきまでそんな顔をしていたらしく、心配したフィアが声を掛けてくれた。奴隷だったのもあって人の感情には敏感なのかもしれないけども、それはそれで悲しくもある。


「いや、別に何もないが気のせいだろ」


 そ、そう。とフィアは視線も町へと戻す。

 俺も町を見るが、この町はほんと活気が泉のように湧き出ている。右を向けば魚屋の大将が、魚はいらねぇかい! イイのが入ってるぜぃ? と客寄せして、左を向けば雑貨屋で品物を見ている俺らより少し年上の女性二人が、わーきゃーはしゃいでいて、何もしていないのにこっちまで気持ちが高ぶりそうになるほどだ。

 往来する人たちは、何十、何百といてそれぞれが和気あいあいとしている。


「フィア」


 なぜだかフィアと話したくなって声を掛け、会話を展開させようとする。


「どうしたのアイン」


「来たばかりだけど、どう『みぃつけた……』っ⁉︎」


 突然聞こえてきた耳元で囁かれた声は、沼のように粘り気があり、何度聞いたとしても気持ち悪いと感じるもの。

 振り返るも人混みに紛れたようで誰もそうらしき人物は見当たらない。


 不味い


 胸騒ぎが的中するの早すぎだろ。

 どうする……一旦三人と離れてあいつを探すか? いや、それはダメだ。もし複数人いた場合を考えると危険だし、どうするっ!

 くそッ! 頭を回転させようにも冷静でいられない!


 とりあえず、ここから離れないと。


「おい。フィア! メーア! ミーナ! 」


 三人を近くにいるにも関わらず、声を荒げて呼ぶ。申し訳ない気もするが、今はそんなことに思考を割く暇なんてない。

 三人は慌てて俺のそばに寄ってきて話し掛けてきた。


「どうしたのそんな大声で」


「説明は後だ、街から離れるぞ!」


 三人を連れて人混みの中を駆け抜ける。何度か人にぶつかったが謝りながら止まることなく走った。

 走り続けて数分、人混みの中から脱して街の郊外へと出る。草原が広がり、人っ子一人とて見えない。


「急にどうしたの?」


 そう言ってきたフィアは、何が起きたのかわからないと首を傾げている。他の二人も似たように目を丸くしたりしていた。これが何もない状態ならとっても可愛いんだが、今はさっきの声の持ち主をどうにかしないといけない。


「さっき変な奴がいた……耳元でみぃつけたって囁かれた」


 さらに三人は、ん? といった感じで意味がわからないと声に出す。


「それがどうしたの? ていうか何を見つけたの? 」


「それはそこのお嬢さんですよ? 」


 突然、彼女たちの後ろから男性の声が聞こえてきた。そして、だんだんと見えてくる姿は、執事が着るような燕尾服をその身に包んだ男だった。顔は仮面のせいで見ることができない。

 それよりも大切なのは、こいつがここまで近づくのに気付くことができなかったことだ。少し焦っていたとはいえ、これでも俺は警戒していたはずなのに。

 道化の男は、恭しくメーアにお辞儀をして彼女の片手へとキスをする。するとメーアは、糸が切れた人形のごとく体が崩れ落ちて気を失った。


「あれ? 私の動作が自然すぎて身動きできませんでしたか? 」


 ふふふと道化は笑う。あいつの言うとおり動き一つ一つがあまりにも自然で、そうされるのが当然なのでは、と思うほどに。


「お前、メーアを離せ! 」


 咄嗟に出た言葉は本で読むような言葉だった。本の主人公たちなら、すぐに助けることができるんだろう。


「アインス君、そんな怒らないでくださいよ。私は依頼されたからやっただけで、何もなかったら襲いませんて」


 こいつ俺のことを知っているのか? いや、今はそんなことどうでもいい。

 剣を抜き放ち、構える。


「私と戦う気ですか? 」


「だったらどうするんだ……」


 道化は声を出しながらケタケタと笑って腹を抱えている。そうこなくては! とナイフを出してきた。


「とナイフを取り出してみましたが、戦う気はありません。さっさとトンズラさせていただきます」


 切りかかろうと足に力をいれる。だが道化は余裕そうな声音で言った。


「そこから動かない方が皆様のためですよ? もし動いたら私が設置したトラップに、バコーンとやられてしまいます。まあ、依頼主についてヒントはあげましょう。神降ろし、です。では行かせてもらいま「行かせるかよ」」


 俺は奴の言葉を遮って、切りかかる。トラップなんぞ仕掛けてあるかよ。この道化がっ!

 メーアのことを気にかけながら斬撃を繰り出すも、道化にいなされる。左から右からあるいは突きを出すもその全てが片手間のようにあしらわれてしまう。


「まあまあ、トラップは嘘ですけど。私とアインス君の実力差は歴然ですよ。ほら諦めましょう。かつて私が君のお母様に追いつくのを諦めたように。それに他の彼女二人は、私の魔力に当てられたせいで、体調不良のようですね」


 そう言われてミーナとフィアを見ると倒れてうなされている。

 また見ているだけなのか? 何もせずに指を咥えているだけなのか? 違うだろ? 俺は見ているだけなのは嫌だから強くなろうとしたんだ。

 ならその強さを今は使わずしてどうする。


 _____おい。おっさん起きてるんだろ。力を貸せよ____


 ____使わせねぇよと船で言ったんだが、まあ今のお前になら貸してやってもいい____


 心の奥にある扉の鍵が外れた音が聞こえた。そこから漏れてくるモノは、神の力。


 ____ありがとう____


 ____頑張れよ少年____


「なあ、あんた」


 俺は道化に話し掛ける。


「なんですか?」


「お前は俺のことを知っているんだろう? なら俺の正体も分かるだろ?」


 威圧するように言う。声のトーンを下げて、目を細め全身脱力した態勢になる。


「ああ、知っているとも。けど君はあの力を使えないはずだけど? まあ使えたとしても負けるなんてことはあり得ないんですがね」


 余裕ぶるのも今のうちだ。

 今までの集大成をここに見せてやる。神の力を引き出す。もう見られたって構いやしない。守るためなら地獄にだって落ちてやるさ。


 ____力を、誰よりも強い力を求めろ。呟け、その名を我が名を叫べ!____


「タブーゴッド【始まりの浄火アティウス】」


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