運命の子アイン
「ふっ!」
「ほらほら、どうした! 動きが鈍くなってるぞ!」
二人の人間が木刀で戦っている。
一人はまだ年端もいかない少年。一方はダンディという表現がピッタリな身体付きもよろしい男性。
木刀で二人とも打ち合っているが、どこからどう見てもダンディな男性の方が優勢だ。
少年は木刀の重さに振り回されながらも、男性に向けて振る。それをダンディーな男性なは、さらりと綺麗に避ける。
少年の攻撃は一回も当たらない。
「アイン! 木刀ごときの重さに振り回されて、剣を振れると思うか?」
アインと呼ばれた少年は、悔しそうに奥歯を噛み締めた。
「分かってるよ!これから鍛錬して振れるようになるんだ!」
そう力強く宣言するも、足取りはおぼつかない。なんとも頼りなさそうな体である。
その足取りを見て、男性は笑う。しかし、バカにして笑っているのではない。アインを優しい目で見つめる。
男性に笑われて、むすっとしてしまう少年で、やはりそこは年相応の反応であった。
結果、小一時間通して打ち合っていたが一本も男性に当てることが出来なかった。
「アイン。お前はな、まだ八歳なんだ。もうちょっと子どもらしくしたらどうなんだ?」
男性と向かいの椅子に座り、スープを啜っているアインが一気にスープを飲み干し、ふくれっ面で言う。
「だって、みんなと遊んで何かの拍子に僕の灰色の焔が見られたらどうするの?僕の魔力は嫌われてるんでしょ?」
そして、今にも泣きそうなアイン。
男性はその言葉にたじろいでしまう。
灰色の魔力とは、この世界で最も忌み嫌われている神と同じ魔力であるのだ。人は生まれつき魔力を持つのだが、どの属性が自分の得意な属性なのかは、産まれたときにどの神の加護を受けるかで決まる。
ゆえにアインは、忌み嫌われている神に加護を受けていることになる。
「……。ああ、そうだ。お前の魔力は嫌われてる。でもそれがどうした。嫌われてるのはお前じゃない神様のほうだ。だから安心して友達と遊んでおいで」
男性はそう言いなだめるが少年はまだ八歳。八歳の少年には重すぎた。
「でもさ、ご近所さんうちにいないじゃん……ご馳走さまでした……。じゃ、僕寝るね。おやすみなさい……」
少年の肩は下がり、気分が落ちているのは目に見えている。
しかし、父親であろう男性は、何も言葉をかけることが出来なかった。
翌朝、少年は日課である自称鍛錬を始める。
最初は約2キロの走り込み。息も絶え絶えのはずなのだが、強くなりたいという気持ちが後押しして休まず、続けて木刀の素振りを一セット五十本を三セット。
「はぁはぁ。まだ木刀に身体が持っていかれちゃう。まだ鍛錬が足りないのかな……」
違う。それは決して違う。アインは間違っている。八歳の少年が木刀をまともに振ることが出来ないのは当たり前のこと。むしろ多くの子どもが木刀を構えることも出来ないはずだ。
「よっ。朝から精が出るな。いつもやってるその鍛錬方法だが、ほどほどにしておけよ?でないと身体を壊しちまうからな」
父親が家の戸から顔を出して指摘をする。
「分かった……。ほどほどにしておく」
それを聞いて父親は戸を閉め、戻ろうとしたが何かを思い出したかの様に戸をまた開け、一言付け足す。
「アイン。今日から母さんの部屋に入っていいぞ。しばらく剣の鍛錬は控えろ。お前にはまだ早いからな。その代わり魔法を練習するといい。アイン、お前には母さんの血が流れてるんだすぐ出来る様になるさ。ほれ!鍵だ」
そう言うと父親はアインに向け、一つの鍵を投げ、アインはそれを落としそうになるが、何とかキャッチする。
すぐにその部屋へと足を運ぼうとするのだが、あと十分だけと鍛錬を続けた。
そして、十分後。
アインは家へと戻り、早速母親の部屋に入る。
母親が亡くなってから初めて入る部屋。生前母親は魔法使いだったのだ。
少年は母親とこの部屋に初めて入ったときの事を思い出していた。
そして、その時の情景と照らし合わせて何も変わっていないのだと確信する。
机の上には相変わらず魔道書が散らばり、棚にはかなりの年月が経っていると推測される本ばかりがある。そして、机の隅に置かれた写真立ても、少しばかり埃を被っていた。
その写真立てには一枚の写真。
アインが写真を撮っている人物に向かって、こちらもうっかり微笑ましい笑みになりそうな満面の笑顔を浮かべていた。
しかし、この部屋の主は居ない。
何年も前からずっとだ。
その事実も。母親が死んでしまったのだと言う事実も同時にわかってしまう。
理解はしていた。でも心のどこかでは、まだ母親は生きていて、自分を見守っていてくれていると思っていたのかもしれない。
「……お母さん……」
アインの口から今にも泣きそうな声が漏れる。
その声はどこまでも部屋の中に響く。しかしどれだけ呟いても、来てほしい人は現れてくれない。
遂に、アインの鮮やかな金色の瞳から、一筋の涙が流れてしまった。その涙を皮切りにおそらく今まで我慢していた感情が一気に湧き出してアインの心を覆う。
「お母さんっ!……嫌だよ。何で母さんは殺されなきゃ……ダメだったんだよ……」
そう、アインの母親は誰かに殺されたのだ。しかもアインはそれを見てしまっている。
声にならない嗚咽と涙が身体の底から湧き出してくる。
感情のダムが決壊してしまった様だった。
止まる事のない涙。
小さき身に重くのしかかる現実。
アインは母親が座っていた椅子に母親が着ていたと思われるローブを強く。強く。抱きしめて泣いている。
そしてローブはあたかも、アインの母親の様にその悲しい涙を吸収していた。
部屋の扉の向こうでは、父親が肩を震わせて涙を流すのを我慢していた。
「ごめんな……アイン。母さんを守れなくてごめんな……」
誰にも聞こえない謝罪。
その謝罪は虚しく。そして悔しさが滲み出た声。
その日、アインは一歩も部屋から出ることもなく。父親もドアの前から離れることが出来ないでいた。
翌朝。
いつもならこの時間帯、アインは効率の悪い、鍛錬とは到底よぶことの出来ない、紛い物の鍛錬をしている時間なのだが、昨日のことがあったので当然、自称鍛錬をするはずもない。
ではどこにいるのかと言うとやはり母親の部屋であった。
しかし、昨日の泣きじゃくっていた姿とは打って変わって今日は、何とも言い難い表情をしていた。
決して悪い意味ではない。むしろ良い意味で。決意に満ちている表情をしているその瞳には、何かが灯っていた。
そして、父親はというと。
普段通りに主夫の仕事をしている。
そして、アインの様子を見たのだろうか。顔が綻んでいる。
「メディア、君と俺の子どもは、俺が思ったよりもよっぽど強かったよ……。むしろ今の俺のほうが弱いかもな……精神的に」
父親はそう言って家事に戻った。
父親が自分の弱い面を晒しているとは露知らず、アインはひたすら魔道書を読み、重要だと思う場所を書き出し紙にまとめる。
しかし、当然アインは、まだ八歳の子ども故に読めない字もまだまだある。
自分が読めない字は別の紙に書き出してまとめ、ある程度の量になったら、父親の下に行き読み方と意味を教えてもらう。
その作業を丸一年以上続けた。
けど、無理はしていない。父親の言いつけをちゃんと守り、疲れたと思ったら十二分に休憩を取っている。
「ふう、マナの定義については、あらかた片付いたかな。次は魔法の原理についてまとめなきゃ。お父さんには迷惑かけちゃうなぁ」
アインはそう言っているが、実際問題父親は何とも思っていない。先ほど顔を綻ばせた辺りから見て、迷惑とは程遠い、嬉しいと言う気持ちだろう。
アインの魔法の才能は目を見張るものがあった。
幼いが故の覚えの早さ。
魔法を独学で勉強して早一年半が経っていた。
「ふぅ、もう一年半も経ったけど、まだまとめてない魔道書が沢山。今日からは火属性の魔法が載ってる本をまとめなきゃ」
アインはこの一年半で、かなりの魔道書をまとめ、魔法を覚えた。だからといって、ずっと母親の部屋に篭っているわけではない。
定期的に外に出て、剣の鍛錬はしないものの、走り込みだけをする。余裕が残っているならば木刀を握っては離し、握っては離して握力を鍛える。
アインは魔法を勉強してはいるが実際、人の前では魔法が使えないのだ。
魔法は先刻話したように、自分がどの神の加護を受けているかで、得意不得意が決まる。そしてさらに加護を与えている神には色が有るのだ。魔法を使う際には自分の周りにその色が濃く現れる。
だからもし、アインが魔法を使うと灰色の魔法になる。
例を挙げると炎系の魔法を使うとアインの場合は灰色の炎が出てしまう。
故に人前で魔法を使ってしまうと忌神のシンボルカラーである灰色が出てしまうため、アインが忌神の加護を受けているという事実が皆に露見してしまうのだ。
「いつになったら剣の鍛錬をつけてくれるんだろ」
アインはそう呟きながら、握力を鍛えていた。
身体に関するものを鍛えたあとは魔法の試し打ちである。
アインは目を閉じ、自分の中にある魔力を自由自在に操れる様に集中し、魔力を全身に行き渡らせた。
その作業が終わり、右手を前に突き出す。
そして頭に魔道書で習った魔法陣を思い浮かべた。
するとアインが手をかざしている前方に、灰色の線が浮かび上がる。
その線は蛇が這うかの様に、思い浮かべた魔法陣の形を作ってゆく。
そしてものの数秒で思い浮かべた魔法陣が出来上がる。
「や、やった! ちゃんと出来た! 今回はかなり複雑な陣だったけど上手く出来た。じゃ、早速。常世の風よ我が身に宿りて我が仇敵を打ち滅ぼせ!」
《ヴィント・カノーネ!》
轟音と共に灰色の暴風が打ち出される。
その風のあまりに強すぎる威力は、射線に入った木々達を無慈悲に薙ぎ倒していた。
しかし、アインの身体にもその代償が降りかかる。上級魔法の反動に負けてアイン自身も、後方に吹き飛んでしまう。
立ち上がろうとするも、身体がふらついて上手く立てない。
「ちょっと、無理し過ぎたかな……」
その轟音を聞きつけた父親が慌てて、家の中から外に出てきた。
「アイン! 大丈夫か⁉」
父親は心配という感情でいっぱいな顔をしている。
「うん。大丈夫。ちょっと無理して上級魔法を使っちゃっただけだから」
それを聞いて、なぁんだそれだけの事か、となる人はまず居ないだろう。アインの父親も例外ではなかった。
「バカか! まだ九歳だというのに上級魔法なんて使ったら死ぬ可能性だってあるんだぞ! 魔力は無限なんかじゃないんだ! だいたい魔法を使って誰かに当たったらどうする! さっきの音からして、もし当たったら即死だぞ!」
父親の怒涛の怒りの言葉。怒るのも無理はない。保有魔力量が少ないのに上級魔法なんて使ったら生命に関わる。しかし、だ。まだ九歳という若さで上級魔法を使うなんてアインは、天才と呼ぶに等しい子であることも同時に今の事で証明した。
「ごめんなさいお父さん……」
アインは下を向き目尻に涙を浮かべている。
父親はしゃがみ込みアインの顔を覗き込む様に見た。
「分かったならいいんだよ。でも今度使う時は、ちゃんと成長してからだぞ?」
そう言ってアインの赤みかがった黒髪を父親の大きな手で撫でる。
「……うん」
アインが返事をすると父親は笑顔で我が子を抱きかかえる。
「もう、昼だから飯にしような。今日はお前が好きな肉料理だぞぉ」
元気づけようと父親が明るい声音でアインに言う。
するとさっきの涙はどこへやら、天に輝く太陽の様に明るい笑顔で。
「やったぁ!」
と一言。
実に上級魔法が使えるとは、思えない子どもの姿だった。
初めましての方、もしくは東方二次で自分のことを知っている方。
この度はタブーゴッドを読んでくださりまことにありがとうございます。
どうでしたか?楽しんでいただけたでしょうか?
今日はこの辺でおさらばです。