「――じゃぁな」2
嫌だ。そんなの嘘だ。どうしよう。どうしたらいいの!?
頭を抱える由希に、ケタケタと面白そうに笑うリズシアの声が、由希を責める。馬鹿だと呆れる様に、蔑む様に、見下す様に笑うリズシアの笑い声が耳に纏わり付く。
「ゆき…何、泣いてんだよ」
「っ…りく、わ、たし……」
困った様な表情で、由希の頬を伝う涙を拭う凌空にまた涙が溢れる。そして嗚咽交じりに「ごめん」と謝る事しか、由希には出来なかった。
「なんでお前が謝るんだよ」
「だって、私……!」
「お前は何も知らなかったんだろ?」
凌空の問い掛けにコクコクと頷く由希に「じゃぁ仕方ねぇよ」と、笑った凌空の表情は……何時もの凌空だった。只何時もと違うのは、黒く染まった髪と血の様に赤くなった瞳だけだ。後は、全て何時もの凌空で在った。
「荒川凌空。ああ、もう違うか。リク……」
「ああ…分かってるよ」
リズシアの言いたい事が分かるのか、凌空は由希の頭を一撫でして立ち上がる。何が起きるのか分からない由希は、立ち上がった凌空を見上げるしかない。
交じり合った視線と雰囲気に、
「ゆき……」
嫌な、予感がした。
聞くなと、由希の頭の中で声が響く。耳を今直ぐにでも塞ぎたいのに、由希の体は固まって言う事を聞かない。
「――じゃあな」
何時も、其々の家に入る時言う言葉。だけど一つ違うのは――また明日と、言わなかった事。
此れじゃまるで…
「ま、って! り…――」
既に背を向ける凌空に向かって手を伸ばそうと由希は腰を上げる。だが言葉は続かず、ぐらりと世界が反転する。伸ばした手は凌空に届かず、真っ黒になる視界で由希が最後に見たのは――
――泣きながら、其れでも笑みを浮かべる凌空の顔で在った…。