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「――じゃぁな」1

 階段を駆け下り、急いで靴を引っ掛け、玄関から飛び出した由希は、凌空の家のチャイムを押す時間すら惜しいのか、


「おばさん! 凌空いる!?」

「えっ、由希ちゃん!? 凌空は部屋だけど…」

「そっか! おじゃましまーす!」


 チャイムを鳴らさず玄関に入って行った由希に、何事かと来た凌空の母親と話し、靴を脱ぎ階段を一個抜かしで上った。


「凌空!」


 叫びながら凌空の部屋に飛び込んだ由希は、あの時の様に固まった。あの日よりもぐちゃぐちゃな室内。机の上は物で溢れており、床には雑誌が散乱して居る。壁の所々には殴ったりぶつけたりした様な痕が何個も有り、其れだけで由希の心は傷んだ。

 だが其れよりも由希の心を締め付けたのは…


「ぐ、はあっ…ああ"あ"――」


 上半身だけ崩れる様ベッドに倒れ込み、シーツを握り締めながら苦しむ凌空の姿だった。

 入って来た由希にも気付か無いのか、胸元の服を握り締め、苦痛に耐える凌空の姿は、見て居られ無い程痛々しい。久しぶりに見る凌空は、少し痩せた様な印象を受ける。一週間位な筈が、もっと暫く会って居なかった様な、そんな錯覚が由希には起こった。 由希は苦しみに悶え打つ凌空の傍に、そっと近寄って行く。その間も、由希には後悔の念が押し寄せる。

 どうして凌空がこんなに苦しんで居たのに、もっと早く気付くことが出来なかったのか。平気な振りをして居る裏側で、ずっと一人で耐えていたのかと思うと由希は悲しくなった。


「ごめんね…凌空」


 苦しみ悶える凌空の傍に座り、由希はリボンを外しYシャツのボタンを一つ一つ外す。


 私が凌空にしてあげられること、凌空を助けられること。それは――


「ねぇ凌空、私の血……飲んで?」


 私の血を飲んで貰うこと。


 首を少し傾け首筋を晒した由希に気付いたのか、凌空は虚ろな瞳を赤く染め粗い息を吐き出す。言葉にならない声を出す凌空は、するりと手を伸ばし由希の晒された首筋を上から下に撫でる。肩に手を乗せた瞬間、力任せに由希の体は引き寄せられた。

 倒れ込む様に凌空の体に倒れ込んだ由希は、首筋に感じる息遣いに目を瞑る。肌に生暖かい舌と息が当たり、そして尖った牙が突き刺さる瞬間――


「ご…め、ん――」


 凌空の弱々しく謝る声が……確かに由希の耳に届いた。

 ツプリと牙が肌を突き破る音と共に、由希には鈍い痛みが走り、声を漏らし眉を寄せた。ジクジク痛む箇所からは血が溢れ出し、流れ出て来る血は首筋を伝う前に凌空の舌によって塞き止められ、其れを凌空ゴクゴクと飲み干して行く。

 熱が出て居るかの如く、首筋から熱さが血と共に流れ出て来る。熱にうなされたようにぼーっとする頭。時折もっとと言う様に傷口を舌で抉り血を沸き出させ、ピリッとする痛みで顔が冴え、また生暖かい舌で肌を撫でられ曇る頭。


「…んっ」


 ちゅうっと凌空が吸い付いた事で由希は声を漏らす。何もして居ない筈なのに、走った後の様に息が荒くなり顔は火照る。由希の力の入らなくなった体は、凌空に押し付けられベッドに上半身だけ預ける様な形になっていた。

 ぼーっとする頭で閉じて居た瞼を持ち上げると、由希の首元に埋めて居た凌空が顔を上げる。口端から流れる血を手の甲で拭い、まるで勿体無いという様に手の甲に付いた血も舐め取る。そして、伏せて居た目をゆるりと由希に向け、赤く染まる瞳を細め舌舐めずりする。


 ああ、まるで――


「りく」


 ――獣だ。


 また血を飲むのだろうと思った由希は、体から力を抜いて目を閉じた。しかし、何も起きない。首筋に来るだろう舌が、肌を伝う感触も、凌空が動く気配も、耳には何も聞こえない。不思議に思い、ゆっくりと目を開け……瞳に映る景色に由希は目を奪われた。

 口元を覆う大きな手は震え、赤い瞳からは涙が頬を伝う様流れる。そんな泣いて居る、凌空の姿がそこには在った。


「り、く? どうしたの…?」


 どうして? どうして凌空は泣いてるの?


 体を起こし、悲しみに顔を歪める凌空に手を伸ばす由希。また拒絶されるんじゃないかと、一瞬由希の頭を過った。だが頬に触れる由希の手を、凌空は拒絶せず握った。


「ど、してだ。俺は…俺は! ……望んでなかった!!」


 悲痛に歪む凌空の顔。予想外の言葉に、由希の体から血の気が引いて行く。


「え、どういう…こと?」

「……」

「っ、ねぇ凌空!!」


 凌空に握られて居ない手で、由希は凌空の肩を揺さぶる。何も言わない凌空に、由希は焦りなのか恐怖からなのか声が荒くなる。


「俺は…俺はどうなってもよかった! お前の傍に居られるなら、例え苦しくても耐えるつもりだった。っ、なのに……どうしてだ――」


 悔しそうに眉を寄せ涙を流す凌空のその姿は、由希の心にヒビを入れた。


「わ、たし……」


 助けたかった。苦しむ凌空を……私が助けたかった。どんなに恐い事でも、痛い事でも、凌空の為なら我慢出来ると思った。只……凌空とまた笑い合いたかっただけなのに、私が悲しませてしまった。


 由希がショックを受けて居たその瞬間、部屋には此の雰囲気とは不釣り合いな程の明るい笑い声が木霊した。


「キミならやってくれると思ってたよ……桜木由希」

「リ、ズシア…さん――?」


 くすくす笑いながら窓辺に立って居るリズシア。その不釣り合いなほど明るい声色に、由希は恐怖を感じる。


「キミも馬鹿だよねぇ。荒川凌空を助けようとして、逆に荒川凌空にとっては最悪な事をしたんだからさっ」


 「ねぇ荒川凌空?」と後ろから凌空の肩に手を置いたリズシアの言葉は、由希のヒビの入った心を抉る。


「本当……永遠の別れになるとも知らずにね?」

「え……」


 永遠の別れ? なに、それ…。此れでもう、全部終わりじゃないの? 今まで通りの日常が戻って来るんじゃなかったの?


 混乱する由希に、リズシアは追い討ちを掛けた。


「ヴァンパイアとなった荒川凌空は…此の人間界に居る事は出来ない。俺達の世界で、ヴァンパイアとして此れから永遠に生きて行く」


 ヴァンパイアになった凌空は、人間が暮らすこの世界では生きられない。ヴァンパイアはヴァンパイアの世界で生きる事。

 楽しそうに説明して行くリズシアの言葉は、由希の耳に届く事は無い。


 私のせいで凌空はもう此処で生きて行けなくなった。私のせいで凌空をヴァンパイアにしてしまった。私のせいで――私はもう凌空とは一緒にいられなくなった。


「私のせい……私の!!」

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