表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/34

蝶と蛇と驚異2

 急いで居た。

 リズシアの言葉を信じた訳では無いが、だが凌空にもしもの時が会っては困る。だから由希は、凌空の様子を見に行くんだと自分に言い聞かせ、凌空の部屋に続く階段を駆け上る。

 此れで凌空が何でも無かったら、やっぱりリズシアの言って居る事は嘘になる。

 由希は其れを、何処かで望んで居たのかもしれない。

 だが――


「う、そだ…」


 ドアを開けた向こう側には、床に蹲り苦痛の呻き声を上げる凌空の姿。

 由希が来た時と同じ様に、カーテンが閉め切られた薄暗い室内。その時よりも物が床に散らばり、写真立てが壊れガラスが凌空の傍に散らばって居る。


「う"、あ"あ"。はぁ…ぐっ…」


 右手で胸元の服を握り、蹲りながら左手で床に敷かれて居るマットに爪を立て、苦しみに耐える凌空の姿に、由希はドアの側で立ち尽くすしかない。


 あの人の言ってることは、嘘だと思ってたのに。なんで…。


「っ、凌空! ねぇどうしたの!?」


 凌空の前に滑り込む様に行き、蹲る凌空の肩に顔を覗き込みながら触れようとし、そして叩き落とされた。


「な、んで、此処に居るんだよ!」

「だって、凌空が心配で…」


 蹲りながらも顔を上げ、睨み上げて来る凌空の瞳は、あの時の様に赤く染まり、髪も黒く変わって居た。


「い、から…出てけっ」

「で、でも…!」

「出てけって言ってんだろ!?」


来る鋭い瞳と荒々しい声に、ビクッと肩を震わせてしまう由希は、眉を寄せ唇を噛み目を伏せる。

来る一向に動こうとしない由希に、凌空は片手で膝立ちの由希を突き飛ばす。

 片手でも由希にとっては威力が強く、簡単に尻餅を着いてしまい、その際床に着いた手が、散らばっていたガラスの破片で手の平を切ってしまう。


「い、たっ」

「あ、由希!? お前けが…!」


 手の平の痛みに顔を歪め、もう片方の手でその手を覆として居た由希の手を凌空は掴み、傷を見ようと焦った様な顔で近付き、固まってしまう。

 血の流れる手の平を見つめ、動かなくなってしまった凌空に、どうしたのかと手の平から視線を上げた由希は、凌空の何処か変わった雰囲気に気付く。苦笑をさっきとは明らかに変わった様子に、由希は嫌な予感がした。


「は、ああっ…」


 溜め息混じりに発せられた声。赤く染まる瞳は、熱に犯された様に熱を持ち、惚けた表情で血の流れる由希の手の平に、凌空は釘付けになって居る。

 其れはまるで――飢えた獣の様で在った。


「り、くっ。いたっ、離、して!」


 手首が鬱血し始める程、強く掴む凌空の手を離すよう悲願するが、そんな由希の言葉も凌空には届いていない。

 ゴクッと喉を鳴らし、片時も血から目を逸らさない。はっはっと、まるで犬の様な息遣いをする凌空の姿に、由希は言い様のない不安が膨らむ。


 声をかけても、

 名前を呼んでも、

 凌空の目に私は映らない。赤黒く流れる血を、食い入る様にその瞳に映すだけ。


 そんな凌空を、由希は見つめる事しか出来ず、その時、音も無く、気配も無く、霧状に凌空の背後に其れは現れた。

 その人物、リズシアは後ろから凌空の耳元に向け…


「舐めても、いいんだよ?」

「……」

「美味しそうなんでしょ? それで喉の渇きを潤したいんでしょ?」

「っ、は、ぁ…」


 リズシアの言葉一つ一つに、凌空の様子も変わって来る。ゴクッと喉を鳴らし、渇いた唇は舌舐めずりをして潤し、赤い瞳は期待で輝き始めた。

 その凌空の姿に、由希はまた突然現れたリズシアに辞める様口を開くが、口は言葉を紡いでくれず、只声になら無い息を吐き出すだけ。


「ほら…たんとお舐め――?」


 其れが合図となり、凌空は由希の手を力任せに引き寄せ、血の滴る手の平にかぶり付いた。

 手の平に舌を這わせ、傷口を抉る様に舌を押し付け、滲む血も全て舐め取っている。その姿はまるで……腹を空かせた獣が、獲物に食らい付く様で在った。

 一滴も逃さぬ様、手の平に舌を這わせる凌空のその異常な姿に、其れを目の前で目の当たりにした由希は無だ。

 何を思うでも無く、ただただ傷口を抉る舌に痛みを感じ、ただただ手の平を一心に舐める凌空を見下ろすだけ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ