婚約パーティと仲違い2
「はい! 此れで宜しいですよっ」
「や、やっと終わった…」
着ると脱ぐを一時間ちょっとで何十回したんだろうか。
満足げに額の汗を拭うエリミアの横で、由希は体を前屈みにしつつ青い顔をして居た。
エリミアとは、あの時凌空に説教の様な物をして居たメイドだ。
「やはり由希様には淡いピンク色がよくお似合いです!」
「そう、なんですか…?」
「そうですとも! 由希様のその綺麗な黒髪、そしてきめ細かく透き通った陶器の様に白いお肌! 此のお色しか考えられません!!」
「あ、あはは…」
長いポニーテールにした髪を振り乱さんばかりに興奮して話すエリミアに、由希は苦笑いを浮かべるしかない。
未だに力説して居るエリミアの横で、改めて姿見で由希は自分の姿を確認する。
ウエスト部分から直線的なロングスカート。胸に自信の無い由希は、自分の余り膨らんで居ない胸に手を当て肩を落とす。
あのサリスって人は、もっと綺麗だったのに。凌空の隣に並んで歩くサリスさんは、私の様なドレスを着て居たのに、私よりもそのドレスを着こなす綺麗な大人の女の人だった。
「私じゃ……小さい子みたい」
鏡に映る自分は、あの人の様にドレスを着こなせ無い。此れではまるで大人と子供。由希はぎゅっと両手でドレスの裾の辺りを握り、改めてサリスと自分の差を痛感した。
***
『由希ちゃんはなるべく一人で出歩かない方がいいよ。中には襲って来る輩も少なく無いと思う。キミは人間なんだから』
そうリュウロに言われたのは数分前。現在由希は一人で、薔薇が綺麗に咲き誇る庭に来て居た。
リュウロには忠告を受けた、庭位なら大丈夫だと由希は勝手に解釈し、長めのドレスの裾を汚れ無い様に上げつつ、手入れの行き届いた庭を散歩して居る。
真っ赤に染まり綺麗に花びらを広げる薔薇達は、とても可憐だ。
其れを眺めながら、由希は落ち込んで居た気持ちが徐々に無くなって行くのを感じた。
土の上に敷き詰められた色とりどりのタイルを軽快な足取りで踏んで居ると、見覚えのある場所に出る。
其処は昨日、凌空がサリスと共に薔薇を見て居た庭で在った。
其れを由希は二階の部屋から見て居た風景が、今目の前に広がって居る。
元に戻り始めて居た由希の心が、また凌空とサリスの二人が仲良さそうに寄り添って居た姿を思い出し、どんどんひび割れて行く。
由希は慌てて頭を振り、薔薇達の前にしゃがみ込む。
「私じゃ、全然薔薇似合わないなぁ…」
ポツリと呟き、ちょんちょんと指先で薔薇をつついて、盛大な溜め息を吐いた。綺麗で可憐で立派な薔薇は、まるでサリスそのものの様だ。 其れに引き替え自分は、其処ら辺に生えて居る雑草の様だと、憂鬱に思った。
もう一度溜め息を吐いた瞬間、薔薇に触れて居た指が棘に刺さってしまい、チクリとした痛みに小さく声を上げた。
「あーあ。血、出ちゃった」
ぷくりと血の出る人差し指を眺めた後、パクリと口に含み血の出る箇所を舐める。
人間の私には、血が美味しいなんて思えない。だけどヴァンパイアにとっては、きっと此の鉄の味が美味なのかもしれない。
口の中に広がる鉄の味に眉を寄せ、口に含んで居た人差し指を出しまた眺めた。
傷口から未だに溢れ出て来る血は、まるで由希の中に有る膿を外に出そうとして居る様で在った。
「あっ、由希ちゃん!」
「……リュウロ、さん?」
「そろそろパーティが始まるよ!」
探しに来てくれたのか、リュウロはセットされて居た長めの前髪を乱し、由希の所に駆け寄って来た。
由希は立ち上がり、早く早くと急かすリュウロに連れられ薔薇園を後にした。