婚約パーティと仲違い1
広い部屋に一人となった由希は、最初こそ物珍しくて置かれて居る家具や壁に掛かって居る絵画なんかを眺めて居た。しかし其れに飽きるとする事が無くなってしまい、仕方なくベッドの上でゴロゴロするこ事にした。
女の子なら誰しも一度は憧れる天井付きベッド。由希もその一人だったのだが、只ベッドに横になって居るだけでは最初は良いがつまらなくなって来る。鼻歌は何時の間にか止まり、由希の口からは溜め息ばかりが溢れるようになってしまった。
ゴロリと俯せになりバタバタと足をさせていると、ガチャリと足元の方から音がした。足をバタつかせたまま其方に視線を向けると、凌空がドアを開け部屋に入って来ようとして固まって居る姿で在った。
「あれ、どうしたの凌空?」
「どうしたのって…お前パンツ見えてるぞ」
「ん? 凌空だから大丈夫ーっ」
呆れた様な顔で部屋に入って来た凌空に、由希はさして気にして居ないとバタバタと足をバタつかせたまま凌空の方に顔だけを向ける。
「俺だから大丈夫って…少しは恥じらいを持てよ」
「えー、だって凌空とはちっちゃい時から一緒にいるし。今更恥ずかしくなんて無いよっ」
頬杖を付きつつ笑いながら言った由希の顔に、何時の間にか手が伸び影が差す。突然暗くなり顔の傍に凌空の手が付いた事に不思議に思った由希は、何事かと顔を上げた。何時の間にか俯せで横になって居た由希の上に、凌空が覆い被さる様にして無言で見下ろして居たのだ。
「其れマジで言ってんの?」
「急にどうし――」
「マジで言ったのか聞いてんの」
暗く顔に影が差し、怖い程無表情な凌空に由希は見上げたまま動けない。何の前触れもなく怒り出した凌空に、由希は訳も分からず混乱し、一体何が起きたのか理解しようと頭を巡らす。だが此の少しの間に、此処まで凌空を怒らす様な事をした覚え等由希には思い付かず、謝り様も無い。
「どうしたの凌空…」
訳が分から無いという表情を浮かべる由希に、凌空は眉を寄せ溜め息を吐いき由希の上から退く。そして凌空は、ベッドの縁に座り込んだ。由希もゆっくり起き上がり、ベッドの上でぺたりと座り、ベッドの縁に座った凌空を見つめる。
「ねぇ、り……」
「明日、婚約パーティが有るんだよ…」
声を掛け様とした由希の声を遮り、ぽつりと呟いた凌空。その言葉に、忘れて居た事がなんだったのか、由希は一瞬で思い出された。
『リクの婚約パーティ』
「多分明日のパーティで……結婚が確定する」
「そう…」
「でも別に俺は乗り気じゃない」
「……」
「結婚なんて今直ぐする必要なんてねぇし…」
ぼぅーっと、ドアの横に掛けてある白い馬が草原を走る絵画を見つめながら呟いて居た凌空が、ゆっくりと振り返る。
「由希は――どう思う?」
何処か縋る様な凌空の瞳に、由希は気付いて居た。
気付いて居たのだが、
「私は良いと思うよ!」
其れを見てみぬ振りをした。
もし此の時自分の気持ちに素直になって居れば、あんな事態には陥らなかったかもしれないと、後に由希は後悔する事になる。
「だって相手の人は凌空の事、好きだって言ってくれてるんでしょ?」
「あ、ああ。だけど…」
「だったら全然問題ないよ! 私ちらっとしか見てないけど、綺麗でとっても良い人そうだったし!」
どうしてこんなに思っても無い事ばかり、ペラペラと喋れるんだろう。本当はそんな事思っても無いのに。本当に思ってる事は、一個も言えない。
へらへら一人話す由希の顔には、絶えず笑みが貼り付き、口元はつねに吊り上がって居る。
「本当に……そう思ってるのか?」
「……思ってるよっ」
じっと見つめる凌空の瞳を見つめ返す事が出来なく、だが顔を背ける事も出来ず、凌空の目と目の間を見ながら由希は笑みを浮かべ続けた。
「由希は……いや、なんでもない。由希がそう言うなら、俺も覚悟決めないとな!」
「う、うん! そうだよっ、覚悟決めなきゃ!」
一瞬何かを言おうとした凌空だったが、その後はさっきまでとうって変わり、ニカッと笑みを浮かべる。其れに習い、由希も笑顔を浮かべガッツポーズをした。
「おうっ、サンキューな! んじゃ俺はそろそろ部屋に戻っから」
「う、うんっ。そうだね! 明日も早いんだしっ」
「ああ、そういえば…何時までこっちに居るんだ?」
「え、どうなんだろう…。ちょっと分かんないや!」
「ふーん。あ、でも明日の婚約パーティは出てから帰れよ!」
ドアに手を掛けたまま振り返り、凌空はウインクを一つし部屋から出て行った。その背中に向けて手を振った由希は、ドアが閉まった途端、今まで絶やす事の無かった笑みが無残にも崩れ落ちた。
「明日…明日凌空は――」
其処まで言って口を噤み、体育座りした膝の上に額を押し付けた。