ヴァンパイアの世界3
「由希ちゃんはちょっと此処で待っててねっ」
「あ、はい」
客室なのか、豪華な内装の部屋まで来た後、リュウロは行きをその場に残し部屋から出て行ってしまう。広くて何もかも高そうなその部屋に一人残された行きは、周りをよく気を付けながら此れまた高そうなソファへと腰を降ろした。見た目以上にふかふかなそのソファに感動しながら、周りをぐるりと見渡す。
城に入った時も思ったが、外装だけじゃなく内装もかなり豪華で、飾ってある花瓶やランプも一体どれ位するんだろうかと、由希は開いた口が塞がらない。そして此の大広間の様な部屋も、床一面に真っ赤な絨毯が敷き詰められており、机も椅子も凝った装飾になってる。まるで此の前テレビで見た、ヴェルサイユ宮殿に置いて有った家具の様だと、由希は内心ワクワクした。
ぷらぷらと足を揺らしながら周りを眺めて居た由希は、不意に左側の奥にある大きな暖炉の上の壁にか掛けられた、此れまた大きな金の額縁に目が止まる。大きな肖像画の様な物を囲う様に、金の額縁に納められており、その額の中に納められて居る人物に、行きは思わずソファから立ち上がり吸い寄せられる様に額の前まで歩みを進めた。
整った綺麗な顔。長めの前髪から覗く、他のヴァンパイアと同じ赤い瞳。
だが此の人物の瞳は、血では無く、まるでルビーの様な輝きを放っており、由希には恐怖感等全くなかった。そして一番驚いたのは、その髪の色だ。肩位までの髪は桃色に染まっており、余りの自然さに天然物なのかと目を疑う。
そして……
「綺麗な人だなぁ…」
同じ生き物とは思えないその人物の美しさと完璧さに、由希は見上げながら惚けてしまう。
きっと此の人は良い人、なんだろうかなぁ。だってこんなに優しそうな笑みを浮かべる人、見た事無いもん。
男なのか女なのか、中性的でどちらか分からない人物だが、何故か此の笑みに、由希は懐かしさの様な物を感じた。無意識に額に向かって伸ばした手が、もう少しで触れそうになった瞬間――部屋の外からバタバタと歩く音と共に大声で話す声が、バンッと開かれたドアと共に招かれた。
「だからなんで一々着いて来んだよ!」
「まだお着替えが終わっていないからです!!」
「着替え位一人で出来るって言ってんだろ!? ガキじゃねーんだから」
「いけません! ヴァンパイアとなりこちらの生活に慣れるまでは、着替えからお風呂まで全て私達メイドがご面倒を見ると決まって居るのです!」
「だーかーら~~!!」
何処かで聞いた事の有る声に、額に向けて居た視線をドアの有る後ろに向け、揉めて居る人物を見た瞬間、不意にその人物と目が合った。そして由希はその途端――涙を溢れさせた。
「ゆ、き…?」
「っ、り…く。――凌空!!」
ぽけっと口を開け、ネクタイを結ぶ手を止める凌空。そんな凌空の姿に、由希は溢れる涙もそのままに、凌空の元に一目散に走って行きその胸に飛び込んだ。勢いよく抱き着いた由希に体をよろめかせながらも、凌空は由希をしっかりと受け止めてた。其れだけの事でも由希は嬉しく涙が止まらない。
「りく~、会い、たかったよぅ!」
凌空の胸へとぐりぐり頭を押し付け、ぎゅっと抱き締める由希に、凌空の反応は無い。だが今の由希にはそんな事等関係なかった。
「なっ、ゆ、ゆき!?」
「りくーっ。う~、本物だあー!」
驚いた様な凌空の声に、やっぱり凌空だと由希は嬉しくなる。しかし何故か凌空は由希を引き離そうとして居たのだが、凌空との再会に興奮して居る今の由希には気付く筈も無かった。
「由希! 一回離れろ!!」
両肩を掴まれ凌空から引き離される。何故か凌空は顔を真っ赤にさせており、由希は手でゴシゴシと目を擦り涙を拭った後、凌空の頬を両手で包み込んだ。
「元気にしてた?」
「……ああ」
「風邪とか引いてなかった?」
「引いてない」
「怪我も?」
「大丈夫だ」
「本当?」
「本当!」
一つ一つ、由希の質問にちゃんと答えてる凌空は、頬を包んで居た由希の手を自分の手で包み込んだ。
「由希は、元気だったか?」
「うん、元気だったよっ」
「そうか」
「でも……」
笑顔で答えて居た由希だったが、その質問には俯く。俯いた由希に「でも?」と凌空はその先を託す。だから俯いて居た顔を上げ、由希は眉をハの字にさせ、
「凌空が居たら、もっと元気だった」
しかし其れでも笑って居た。
凌空は悪くない。私が撒いた種。
しかし凌空は困った様な笑みを浮かべ、一言ごめんと謝った。そんな凌空に、由希は慌てて違うと首を振る。
「だけどもう良いの! こうして凌空に会えたんだしっ」
「ああ。でもなんで由希が此処に……まさか」
「俺は何もして無いからね~」
由希が笑みを浮かべそう言えば、凌空も笑った。其れにほっとした由希だったが、言葉の途中で何かが浮かんだのか、凌空はまた険しい表情になり、其れと同時に由希でも凌空でも無い、誰かの声が直ぐ傍から聞こえた。驚きその声がした後ろを振り向けば、真後ろには酢でにお決まりの人物が立って居た。
「リズシア…」
気付かない内に由希の後ろに居たリズシアに、驚き過ぎて声も出ない由希はぽかんと口を開け、リズシアを見上げるしかない。その時腕を引かれ、気付けば由希は凌空の背に隠れる様に凌空の背の後ろへと立って居た。
後ろから凌空の顔を見上げれば、凌空はリズシアを睨み付けて居る。
「こらこら何兄を呼び捨てにしてんの。昨日も言ったでしょー? 兄上か兄様って呼ぶようにって!」
「はっ、誰が呼ぶかよ」
しかしそんな凌空の態度にもリズシアはさして気にもして居ないのか、笑みを浮かべ凌空を叱って居た。そんなリズシアに、凌空は鼻を鳴らしそっぽを向く。
なんだか二人共…兄弟みたい。前はこんなに親しげに話して無かったのに。
凌空の背から二人のやり取りを眺めながら、由希は一ヶ月という短い様な長い様な期間に変化した凌空を感じた。
「お前の事、信じた訳じゃねーからな」
「えー、酷いなあ~。ねぇリュウロ?」
「兄さんの日頃の行いの悪さかと……」
リズシアの横に居たらしいリュウロは、呆れ顔で凌空の言葉に賛同して居た。二人からの手厳しい言葉にリズシアは肩を竦め、凌空の背の後ろから顔を出して居る由希に微笑む。微笑まれた由希は、一瞬自分に向けられて居るとは思わなく、周りをキョロキョロ見渡し、自分だけしか居ない事が分かり、一応ぎこちなく笑みを返す事にした。
「あ、そういえばリクこんなのんびりしてて良いの? 今日じゃなかったけ、ドーキ伯爵家とのお食事会。サリス嬢が待ってるんじゃない?」
「あ! はあ~、めんどくせぇ。…サボるかな」
「いけませんよ! サボるなんて私が絶対にさせません!!」
リズシアの言葉に面倒臭そうに頭を掻いた凌空に、リズシア達から少し離れた位置に立って居た黒と白のメイド服を着た二十代程の女性が、眉を吊り上げ凌空に詰め寄る。凌空はその人物を「はいはい、分かってるよ」と軽くあしらい、後ろに居る由希を振り返り頭を撫でて来た。
「さっさと終わらせて戻ってくっから、そしたら色々話そうなっ」
「う、うんっ。そう、だね……」
少し、なんとなく目線の高くなった凌空を見上げながら、由希は何とも言えない気持ちが胸の奥で渦巻いて居た。
サリス嬢って誰? やっと会えたのに、まだ全然話せてないよ。言いたい事がいっぱい有ったのに、もう行っちゃうの?
何時もならば絶対に思わない事ばかりが、浮かんで来る。今までと違う笑みを浮かべメイドの女性と部屋を出て行ってしまった凌空に、由希は寂しさを感じながらも、だが何も言えず、その背中を見てる事しか出来なかった。
大人びたあの笑みが消えない。一ヶ月前はそんな風に笑わなかったのに…。どんどん私を置いて大人になって行く凌空。其れが寂しくて、悲しい……。
「ねぇ桜木由希。気にならない? サリス嬢って、リクのなんなのか」
リズシアの楽しそうな声に、由希は俯いて居た顔を上げ、何時の間にか横に立って居るリズシアを見上げる。先程までの元気が無くなった由希とは正反対に、リズシアは何処までも楽しそうに目を細め、そしてどこまでも――
「婚約者だよ……リクの」
残酷で在った…。